海外レポート/エッセイ
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アン・ヨンヒ   
韓国生まれの韓国人。小学4年から高校1年まで、大阪在住。
韓国外国語大学同時通訳大学院日本語修士課程卒業。同時通訳からスタートして、現在は会議通訳、及び、韓国梨花女子大で、日本語の講師も務める。
著書に『シナブロ(知らぬ間に少しずつ)』(小学館)
第115回 「最高のプレゼント」
配信日:2003-09-26
 先日の台風14号は、韓国では「メミ(「蝉」のこと)」という呼び名で連日マスコミに取り上げられた。日本では死者が1名だけだったが、韓国では死者120名を超えるかなり大きな被害があった。ソウルでは直接被害はなかったが、各地の被害状況は惨憺たるものだった。そんな中で、どこの被害地域でも大規模な復旧作業を軍人たちが黙々とこなしていた。

 小学校の頃、「軍人さんへ慰問の手紙」を書く時間があって、誰だかわからないけれど勝手に「軍人のおじさんへ」と書いていた。当時「軍人=おじさん」だと思っていたが、今考えると国民の義務で務めている軍人のほとんどは20歳そこそこのお兄さんなのである。まだ若いのにおじさんと言われながらも、黙々とハードな肉体労働をこなしているのを見ると微笑ましくなる。

 しかし、テレビで軍人たちが働いている様子を見て「ああ大変なことをしているなあ」と感嘆しているのは他人で、家族だったらどう思うのだろう。韓国では20歳以上の男子に兵役の義務があるが、できれば行きたくないと思っている人も多い。

 それは、「海外遠征出産」という聞きなれない現象からもわかる。「海外遠征出産」とは、臨月の妊婦が属地主義を取っている国へ行って出産することをいう。特に、米国が好まれるが、ニュージーランド、カナダも人気だという。「遠征出産」で生まれた子供は二重国籍者になる。属地主義の国は出生地を基準に国籍が与えられるが、韓国は親の国籍を受け継ぐからである。昨年だけで5千人、今年は8月まで7千人が遠征出産したという。

 二重国籍の子供は、18才まで韓国人としてもまたもう一つの国の人としていいとこ取りができる。もし、韓国で戦争が勃発したら、兵役に行くのではなく該当の国へ避難できるのである。

 韓国では1989年から海外旅行自由化になったので、「遠征出産」はその後生まれた流行だ。9月上旬、ニュージーランド政府は、遠征出産の女性に対する医療費の恩恵を全面中断すると発表した。それまで、出産と関連した医療費の一切をニュージーランド政府が負担してきたが、海外からの遠征出産が増え、妊産婦たちの医療費を個人負担させることにしたのだ。また、9月19日に「遠征出産」のために米国へ行った韓国女性たちが米国土安保省の移民税関局の取調べを受けた。アメリカ訪問の目的には観光と書かれていたのに、実際の滞在理由が出産だったことが摘発されたからであった。しかし、観光ビザで出産したからといって不法ではない。

 取調べを受けた女性たちはすぐ解放されたようだが、このニュースのせいで韓国内ではちょっとした混乱が起きた。取調べを受けた女性たちの子供は国籍が剥奪されるという噂や、これから遠征出産に対する取調べが厳しくなるという噂など、様々な噂が飛び交っていたのだ。また、米国への遠征出産を諦めカナダやニュージーランドなどに行き先を変更する人も現れた。遠征出産のためには1万ドルから3万ドルほどの大金が必要になる。しかし、それを生まれてくる赤ちゃんへのプレゼントだと考える向きがあるのだ。

 遠征出産を斡旋する業者は、ソウルだけで20余りあると言われているが、そのうちの1社のホームページを見た。そこには次のように書かれていた。
 
「(遠征出産は)属地主義を採択している国家が自国内で出産するすべての新生児に対して市民権を与える移民法に基づいています。つまり、妊婦が旅行を通じて滞在しながら出産をすれば子供は市民権を取得するのです。私たちの大事な二世に国籍(市民権)をもう一つ持てるようにすることによって、成人になった時、自ら人間らしい人生を選択できるようにする機会を与える、誕生への贈り物です。」

 筆者は、最後の一行が気になる。「自ら人間らしい人生を選択云々」だ。韓国国籍だけでは「人間らしい人生」を選択するのは無理なのだろうか。前回の移民商品といい、遠征出産といい、韓国人の韓国離れを見ると台風14号が通り過ぎた跡地のように切なくなる。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT