ワシントンは静かな年の瀬を迎えている。ここからお届けするレポートも今回が最後となる。10年余りを過ごしたワシントンを後にすることになり、大統領選挙の様子をお伝えすることはできず残念だが、最終回としてヒラリーとオバマが争う民主党予備選の今後についてお伝えしたい。
大統領指名レースは首都ワシントンではなく、予備選が行われるアイオワ州やニュー・ハンプシャー州といった党員による地方票が圧倒的な影響力を持つ。エドワーズも食い込んでいるが実質、「即戦力」を売りにするヒラリー・クリントン氏と「変化」を唱えるバラク・オバマ氏の対決となっている。
民主党での指名を受けるためには候補者は党の予備選を勝ち抜く必要がある。その初戦がアイオワ(1月3日)、そしてニュー・ハンプシャー(1月8日)、サウス・カロライナ(1月26日)と続くのである。これらの小さい州でヒラリーはオバマやエドワーズと拮抗し三つ巴の展開だが、後に控える主要な予備選挙では有利だといわれている。全国レベルで強いヒラリーがアイオワで勝利すれば、民主党の大統領指名は固いとみる専門家は多い。つまり、オバマやエドワード候補は少なくとも最初の2つの予備選を勝利しなければ後が苦しいのである。よって彼らは総動員をかけ全精力と資金をアイオワとニュー・ハンプシャーへつぎ込んでいる。一説には候補あたり2000万ドルつぎ込むとも言われている。2004年のジョン・ケリー候補がアイオワで勝利したときの仕掛け人ジョン・ノリスは現在オバマ陣営でアドバイザーとして参加しているが、候補らが使う金は一票当たり400ドルは下らないだろうと推測している。
アイオワ州は人口でいえば全米30番目の州であり、298万人と全米の1%弱しか占めず、登録済みの有権者数は約167万人。2004年のアイオワ(民主)党員集会に参加したのはたったの12万2千人。この小さな州の田舎町で開催される予備選に勝てば今後のレースに有利なので、候補者の目の色が変わる。だから、アイオワではそれぞれの陣営が人海戦術で以前の党員集会に参加しなかった票の掘り起こし作戦を展開している。つまり、アイオワ州の民主党員の12万票余りをどれだけ獲得できるかで大統領候補が絞られていくのである。
アイオワは経験豊富なヒラリーか、国を団結させるというオバマでまだ割れている。オバマ支持の人たちは、一国の指導者としては経験不足だという不安を彼の楽観的なレトリックや経歴でカバーしようとしている。あるエンジニアの男性はその不安を解決するために2回もオバマを見に行った。特に共和党からの攻撃に耐えられるかどうかを見るためだ。しかしオバマの演説の後「彼はあれやこれと立派なことをやるというが、あまり実現可能には聞こえない」と不安をのぞかせた。アイオワでヒラリー陣営はまさにその点をついた作戦にでた。
候補らは連日のようにアイオワ・ニュー・ハンプシャー入りして集会や演説を行っている。ヒラリーは夫ビル・クリントン元大統領と娘のチェルシーらを伴い、クリントン政権で得た経験をベースにした即戦力をアピールした。「私は現在米国が直面しているさまざまな問題に応急処置をするためではなく、根本的に解決するために立候補しているのだ」「アイオワの皆さんの決断が重要なのは、就任した初日から山積みする問題に対処できる大統領を選ぶことになるから。大統領の職務は信じられないほど難しい仕事。世界での指導力も問われている上、経済、社会、モラルというあらゆる面で力量が問われる。私はどう対処すればいいのか知っている」。元クリントン大統領も14日の「チャーリー・ローズ・ショー」でオバマの経験不足を指摘。「上院での1年の経験しか持たない者がかつて大統領に選ばれたことはない」「オバマに票を入れる党員は(賭けにでて)さいころを振るようなものだ」と大統領になるには準備不足だと発言した。確かにその点ヒラリーは経験もありブレーンもクリントン前大統領の側近を従えていることから安定感がある。外交・経済と問題を抱えている現在、トライ&エラーを繰り返す余裕は米政権にないのも事実だ。
一方、オバマやエドワーズは自分こそがワシントンの政治を一新すると主張。オバマは「古いワシントンのゲームを同じプレーヤーでやって、違う結果を期待するのはおかしい」「米国を新しい軌道に乗せるのには誰が適任か」「民主党だけでなく無党派やワシントンの指導者に失望した共和党も連携して、今こそ新しい主流派を作り上げるときだ」「こうして私もイリノイ州の最も共和党色の強い地域の票を取ってきた。だから共和党候補に対して私が一番手ごわいのだ。なぜなら無党派や共和党からも支持を集められるから。そうやって次の4年でこの国を変えていこうではないか」。オバマ陣営は民主党がホワイトハウスを奪還した後、いったいどんな大統領が必要なのかという点を強調している。つまり、ヒラリーを選ぶならこれまでの「古い政治」と変わらないが、オバマは新しい政治を目指すのだ、と。
両候補の基本政策はほぼ同じである。つまり、イラクからの兵撤退、米国の対外イメージの修復、健康保険制度の見直し、貧富の差を縮めることなどだ。よって党員は基本政策の中身というよりは、候補者のトーンや発言スタイルに注目しており、実行能力の高さ、育った環境、人格、そして候補者の物事に取り組む姿勢などを主観的に判断する。どの候補が共和党候補に勝てるか、民主党の思想に近い候補は誰か、誰が割れたこの国を再びまとめることができるのか、誰が本当に基本政策を実行することができるのか。
過去の予備選と違うのは、民主党内の左派・穏健派の支持が集中しないことだ。2004には左派はイラク戦争に反対を唱えたハワード・ディーン支持に集中し、2000年にはアル・ゴアが労組や党主流派を固める一方、ビル・ブラッドレーが左派や左派系無党派の支持を集めた。今回は左派の一部は反大企業を唱えるエドワーズだったり、イラク戦争反対の姿勢をとったオバマだったり、共和党右派との対決をあらわにするヒラリーだったりする。共和党候補に勝てる候補を選ぶということについては共通するが、まだ絞られていないのが現状だ。
ワシントンからの視点で言えば、オバマの先走った発言が耳につく。ワシントンのやり方を批判するオバマは、ニュー・ハンプシャーで500人の支持者を前に「企業ロビーストがアジェンダを決める時代は終わりだ」と唱えた。しかし、実際のところロビーストなしでは物事が先に進まないのが実情。掛け声だけ大きくても、ワシントンのやり方を根本から変えることはできず、彼らのようなパワー・ブローカーと妥協点を探らなければ法案を通せない。結局オバマは「私のホワイトハウスにはロビーストはいらない」という発言を「私のホワイトハウスではロビーストはそれほどいらない」へ修正した。
またオバマのリベラル志向についてあえて指摘する声は小さい。オバマが1996年に死刑反対やハンドガンの保持と製造の禁止を支持したことから、大統領候補としてはリベラルすぎるのではと一部に疑問の声があがっている。民主党前大統領候補ジョン・ケリーでさえ強い政治力を持つNRA(全米ライフル協会)の票を意識し大統領選挙の最中にライフルを持って狩りをする様子をTVで流したほどだ。イリノイ州上院時代の2001年には明確な立場をとらなかったが、未成年の娘が中絶を行う場合親への通知を義務付ける法案について、1996年の時点では親への通知を義務付けることには反対という立場をとった。また、メディケイドや州雇用保険が中絶費用をカバーすることやその手続きに何も制約をつけないことを支持したという。微妙な中絶問題への発言は注意が必要だ。
一方メディアはそろってヒラリーに攻撃的である。ヒラリーの支持率がオバマやエドワーズより低い値がでると「崖っぷちか」「これでヒラリーも終わりか!?」と辛らつなヘッドラインが並ぶ。メディアはオバマよりヒラリーの失言を集中的に攻撃する。これはヒラリーが全国的に強いからであり、劣勢の候補がヒラリーを追い落とす方がストーリーになるからだという。だからといってこれでヒラリーが挫折するとは誰もが思っていない。メディア関係者も「ヒラリーは他の候補とは基準が違う」と認めている。タイム編集者は「たとえばオバマがネガティブ・キャンペーン(相手候補を中傷する作戦)に出ても喝采を受けるが、ヒラリーがすると非難の嵐になる」。オバマの若いときの薬物使用についても「既に自分で本に書いたこと」とメディアもそっけない。そればかりか逆にそれを指摘したヒラリー陣営のアドバイザーが辞任に追い込まれたことは周知の通りだ。
では投票まで秒読み段階のアイオワでの声を拾ってみよう。元教師のある女性は国を一つに団結させるのは彼しかいないとオバマ支持だ。「彼こそが今私達が必要としている人」。オバマの経験不足は気にしないといい、人格が経験不足を上回るという。「だって、既に彼の周りには経験豊かなブレーンが集まっているじゃない」。また、大学の英語講師の女性は、この大変なときに即戦力となるヒラリーを応援する。「ヒラリーは経験豊富。それが重要」という。大統領夫人としての経験に疑問符をつける人に対しては「成功した男性の後ろには必ず有能な女性がいる。そろそろ一人くらい表にでて腕をふるってもらってもいいのではないか」。ヒラリーからオバマに乗り換えたある社会学者は、当初ヒラリーの地方政策が好きでヒラリーを支持していたが「古い政治からの脱却」のためにオバマ支持に乗り換えた。オバマに乗り換えた決定的な点は、党の集まりで彼を見た時オバマの切れのよさと正直さにひかれ、オバマの受け答えや話を聞く姿勢に共感を得たからだという。
全米が注目するアイオワとニュー・ハンプシャー。もしアイオワの党員集会に参加できるとしたら貴方は誰に投票するだろうか。パキスタンのブット元首相の暗殺で外交・安保の重要性が高まりヒラリー有利との憶測も飛ぶ。アイオワとニュー・ハンプシャーの投票結果次第では今後の大統領選の展開が更に面白くなるのではないだろうか。
これまでのご愛読ありがとうございました。皆様どうぞよい年をお迎えください。 |