海外レポート/エッセイ
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村上 博美(むらかみ ひろみ)   ワシントンDCシンクタンク客員研究員
上智大学理工学部卒。経営学修士。国際関係論修士。
ワシントンDCの戦略国際問題研究所、経済戦略研究所等を経て2006年より現職。
監訳書に『ならずもの国家アメリカ』がある。
第56回 「悲運の美人スパイ、バレリー・プレイム」
配信日:2007-10-28
 日本ではあまり報道されなかったためご存知ない方も多いかもしれないが、ブッシュ政権幹部がイラク開戦の批判を受けた腹いせにCIA女性スパイの名前をジャーナリストにリークした事件を覚えておいでだろうか。名前を公表され泣く泣く20年勤めたCIAを2006年に去ったバレリー・プレイム氏は著書「フェア・ゲーム:スパイとしての人生、そしてホワイトハウスの裏切り」を先日出版した。

 事の次第はこうだ。2002年にイラクがウランを購入しようとした事実があるか調査するためCIAの要請で夫のジョセフ・ウイルソン元ガボン大使がニジェールに出張。しかし、ウイルソン氏は出張から帰国後そういう事実はないとCIAへ報告。それにも関わらずブッシュ大統領が一般教書演説の中でニジェールのウラン疑惑に言及しイラク開戦への理由の一つとした。ウイルソン元大使はNYタイムズ紙にブッシュ政権は米国民を欺いていると論説を投稿。それに腹を立てたホワイトハウス幹部が報復としてウイルソン氏の信頼性を崩そうとジャーナリストらに「(ウイルソン氏のニジェールへの)出張はCIAに働く妻(バレリー・プレイム)の計らいだった」と伝え、妻の名前もリークしたといわれている。

 夫ウイルソン氏の論説がNYタイムズに掲載されてから8日後の2003年7月14日のワシントンポスト紙上でロバート・ノバック氏が初めてバレリー・プレイムの名前とCIAの身元を明かしたコラムを発表。ノバック氏のネタ元は後日リチャード・アーミテージ国務副長官であり、ブッシュ大統領の側近カール・ローブ氏が 確認を与えたことが判明している。国益を損なう政府関係者のリークは重罪となる。特別検察官が任命されリーク問題を追及したが、結局起訴できたのは'うその証言をした'という罪状でチェイニー副大統領の側近I. ルイス・リビー氏のみ。当初、ローブ氏とリビー氏は自分達はリークとは無関係だと否認していたが、フィッツジェラルド特別検査官はバレリーのことを記者らに話した証拠を突きつけ、チェイニー副大統領がリビー氏にバレリーの情報を提供した一人だということも突き止めた。結局リビー氏には懲役30ヶ月と罰金25万ドルの判決が下った。が、直後ブッシュ大統領がその懲役のみを恩赦した。

 リビー公判では、実際にはリークに対する起訴はできなかったものの、あらゆる事実を浮き彫りにした。例えばホワイトハウス幹部の中で記者達にバレリーの身元情報を明かしたのはリビー氏、アリ・フィッシャー報道官、カール・ローブ氏の3人だったことが判明している。検事らによればウイルソン氏の信用を崩すため、妻のバレリーがCIA内で夫のウラン疑惑解明のための出張を企画したと情報をながそうと画策した真の黒幕はチェイニー氏だったという。政権幹部が記者らにこの話をした際、ウィルソン氏のコラムが話題に上ったというから報復の意図があったのだろう。

 ちなみに彼女の言によれば、チェイニー副大統領からウラン疑惑の解明についてCIAへ要望がきた際、同僚がウィルソン氏を調査のため派遣するのが適任ではないかと進言したという。確かにウイルソン氏は駐アフリカ大使も務めクリントン政権下の国家安全保障会議(NSC)でアフリカ専門家のトップとして働いていた上「彼はニジェールの首相らとの親交も深いため」この問題の解明に手がかりが得られるのではとその同僚と一緒に上司に進言したという。彼女が思いついたアイディアでもなければ彼女がゴーサインを出したわけでもないため、彼女が「計らった」というのは語弊があると説明している。ただ、同僚と一緒に(夫が出張に適役だと)上司に進言したことを夫が数年後に知り、烈火のごとく怒ったという。

 夫ウィルソン氏もなかなかのハンサムだが、バレリー・プレイム氏も端正な顔立ちをしたブロンド美人だ。しかも映画さながらに火の中を車で駆け抜けたり、車を爆破したりというCIAのスパイ養成"ファーム"でエリート訓練を受けている。同期50人中3人のみという覆面士官(NOCS: non-official cover officers)に選ばれ、CIAの中でも最も秘密のベールにつつまれた職務を遂行していたという。空軍大佐の娘として育った彼女は、海兵隊員としてベトナム戦争で負傷した兄らに影響を受け、国家のために働くことを強く決意したという。特にCIAに入ることは母親が薦めたという。その当時からCIAを去る2006年まで、彼女はCIAの仕事を愛し国のために働く使命感に燃えていたという。

 国家機密に関わるため、彼女がCIAでどんな職務を担っていたかを知るよしもない。が、彼女は分析官の仕事というよりは、世界に分散する米国のために働く外国人スパイエージェントを束ね秘密裏作戦の統率をしていたという。ペンシルバニア州立大学を卒業後すぐCIAに入り20代半ばでNOCSに選ばれた彼女は、それまでアンダーカバーとして働いていたギリシャの米国大使館勤務の外交官の職から離れ、米国政府のつながりを全て断ち切り覆面士官として米国本土に戻る。通常CIA覆面職員が海外に出る場合はカバーとして在外米国大使館で働く外交官か他の政府機関の職員という顔を持つ。つまり、いざというときには外交特権で守られ米国政府による救出の対象となる。しかしNOCSの場合、民間機関の職員やビジネスマンに姿を変えているため、外国政府に身柄を拘束された場合は米国政府の助けは期待できず、各自で切り抜けなければならない。

 CIAも彼女のカバーを築きあげるために投資を惜しまなかったようだ。ギリシャより米国本土に戻ってから語学学校でフランス語を磨き、そしてブリュッセルにあるヨーロッパ大学やロンドン経済大学(LSE)でのダブル修士号取得など、国際エネルギー専門家としての完璧なカバーを作り上げた。1997年に最初にバレリーと出会った頃、ウィルソン氏には「ブリュッセルに在住するエネルギー専門家」だと自己紹介したという。後に夫となるウィルソン氏がヨーロッパへの政治任命職を得て国家機密へアクセスできるようになると「自分はスパイだ」と打ち明けたという。そのときウイルソン氏が聞いたのは唯一つ、「バレリーは君の本名だよね?」であったという。1998年にウィルソン氏と結婚した後、2002年にCIA本部へ戻ったのは、彼女の身元がソビエト時代のスパイによりロシアへ漏れたと懸念されたからだ。CIA本部へ異動後は核不拡散対策部門で働いていたという。

「あのコラムが出た後、彼女を見ていられなかった」という夫のウィルソン氏によれば、バレリーが身元を暴露されてからしばらく放心状態だったという。2004年の冬、バレリーは投稿用の論説を書き、夫ウイルソン氏のニジェール出張に関わる彼女の役割について弁明しようとしたが、CIAは原稿の出版を許可しなかった。「CIAが彼女に弁明の機会を与えることを拒否する限り、私にも妻にも何もできない」。CIA在職中に限らず退職した後も国家機密保持の規則により「CIAの職務遂行に支障をきたす可能性があるため」CIAは原稿の出版を認めないと伝えてきたという。これは先に出版されたウイルソン氏の回想録「真実の政治:CIA妻への裏切りとイラク戦争へ導いた虚実の内幕」の中で明らかにされている。

 そういう彼女が4年間の沈黙を破って今年3月に議会で初めて証言した。その際、2003年に新聞のコラムに身元を暴露されたために彼女のキャリアのみならず米国機密情報ネットワークを危険に陥れたとしてブッシュ政権幹部を起訴する用意があると発言した。コラムが掲載された2003年の夏、彼女は覆面士官としてCIAの核不拡散対策部門に働いており、彼女の覆面士官という身分を知っていたのは片手で数えられるだけの人間しかいないと証言した。

「私の名前と身元がホワイトハウスや国務省幹部に不用意に乱用された」、「CIAカバーを暴露されたダメージは大きい」、「これは国家安全保障上の機密漏洩のみならずCIA職員を危険に陥れ、これまで築きあげてきた外国人エージェント情報ネットワークを破壊し、自身や家族の命の危険を冒して米国に機密情報を提供してきたエージェント達を危険に陥れた」。

 彼女はロバート・ノバック氏によるコラムで自分の名前が掲載されたことを自宅で知り「内臓を強くなぐられた感じがした」。すぐ脳裏によぎったのは家族やエージェント達の安全は大丈夫かということだった。「私は国を愛し仕事に誇りを持ってきた。それなのに私のキャリアを壊したのが政権幹部というのは皮肉だ」。「国家の安全にダメージを与えた人々に対して正義を要求する。彼らの恥ずべき行為を法廷で明らかにする必要があると強く感じる」と述べた。

 また、イラク開戦前に数回に渡ってチェイニー副大統領が足げしくCIAに通い分析官に圧力をかけようとしたと発言。「それは威嚇行為でしたか」との問いに彼女は「はい、そうでした」と答えた。著書によるとバレリーは当時、サダム・フセインの米国への脅威はあると見ていた。一方でサダム・フセインが大量殺戮破壊兵器を持っている可能性に不安を持ちながら、ブッシュ政権が開戦の必要性を誇張していたことにも怖さを感じていた。2003年2月コリン・パウエル国務長官が国連でイラクの大量殺戮破壊兵器保持についての演説をしていたとき、CIA内でTVの前に同僚たちと鈴なりになって見ていた。著書の中で彼女は「演説には説得力があった」が、「それをサポートする重要な証拠が間違っていたこともその時知っていた」という。
 事実、ウィルソン・プレイム両氏は憲法で守られている権利を侵されたとしてチェイニーや政権幹部の4人を訴えた(後にチェイニー氏以外への起訴は取り下げた)。起訴状の中で、リークによってキャリアばかりでなく精神的な苦痛を蒙り、反米の人々のターゲットとなる可能性や、家族の安全が脅かされることになったと述べている。また、ウィルソン氏とバレリーは身元情報のリークは夫の論説への報復だと述べ、憲法上守られている個人のプライバシーの権利を冒涜した連邦政府幹部も罰せられるべきだとした。が、専門家によればウイルソン氏が彼のコラムがリビー氏やローブ氏のリーク発言にどうつながったかを証明しなくてはならず有罪は難しいだろうと述べている。「私達はこの裁判が難しいことを承知の上だ。ただ、政府要職にある地位を利用して個人的な報復を誰がしたのか、またその行為に責任をとってもらう時がきたと信じている」。裁判では、ロバート・ノバック氏などを証言させることを念頭においているという。

 ところが、今年7月19日、地方裁判所のジョン・D・ベーツ判事はウィルソン・プレイム氏の民事訴訟に対して、連邦政府職員を守る法律が優先されるとした。つまり、チェイニー氏や他の幹部の行為は政府機関の職務の範囲内であるとの見解を示した。通常、連邦政府幹部は政府の職務を遂行している限り個人として起訴される対象から除外されている。ウィルソン・プレイム側は即控訴すると発表した。

 今回のバレリー・プレイム氏の著作が出版されるまでには紆余曲折があったようだ。CIAで働いた著者は規則によりCIAへ出版前の原稿をレビューのために提出しなければならず、CIAが原稿を承認しなければ出版できないことになっており、出版社によれば「必要以上に」多くの部分が削除、もしくは変更を余儀なくされたという。また、公的情報であるにもかかわらず、バレリーの2002年以前のCIAで働いた年次リストを記載するのを機密だとしてCIAが拒否したことは、出版妨害行為であるとして出版社とバレリー・プレイムはCIAを訴えたが敗訴した。CIA側は2002年以前のバレリーの職務に言及することを拒否し、バレリーが2002年以降CIAに働いたことしか認めないとした。

 かつて働いた組織からも国からも冷ややかな待遇を受け、ワシントンでの好奇の目にさらされるのに居たたまれなくなり、一家はワシントンの郊外にあった家を売却してサンタフェに転居。まだ幼い双子を育てるため静かな環境で過ごしたいとのことだ。その一方でワーナー・ブラザーズに映画の版権を売ったと報道されているので、近い将来この話をベースにした映画が作られるだろう。ただし公開時期はブッシュ政権以後になるであろうが。

参考:LATimes, Washingtonpost他。
村上龍RYU'S CUBAN NIGHT