海外レポート/エッセイ
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村上 博美(むらかみ ひろみ)   ワシントンDCシンクタンク客員研究員
上智大学理工学部卒。経営学修士。国際関係論修士。
ワシントンDCの戦略国際問題研究所、経済戦略研究所等を経て2006年より現職。
監訳書に『ならずもの国家アメリカ』がある。
第54回 「世界銀行改革」
配信日:2007-08-05
 ホワイトハウスからほんの2ブロック、ワシントンDCのダウンタウンのほぼ中心にそそり立つ白い建物、世界銀行本部は皮肉をこめて「アイボリータワー」(象牙の塔)と呼ばれている。途上国の開発を使命とするのに職員が高給であることや、融資をめぐる汚職や癒着が絶えないためだ。これまでウオルフェンソン元総裁、先月スキャンダルで辞任したウオルフォビッツ前総裁が改革をすすめてきたが目立った成果はあがっていない。ブッシュ政権が任命した2番目の総裁ロバート・ゼーリック前国務副長官が就任して約1ヶ月が経つが、世銀改革の行方は如何に。

 185カ国が加盟する世界銀行(世銀)は、主に発展途上国のインフラや医療・教育や農業などの改善のため年に約200億ドルの融資や援助を行っている。1945年にブレトン・ウッズ体制の一環として国際連合の専門機関として設立されてから既に5500億ドル以上の融資が行われ、発展途上国に対して大きな影響力をもつ。世銀グループは5つの組織から成り、その中でも国際復興開発銀行(IBRD)と国際開発協会(IDA)を世界銀行と呼び、発展途上国の貧困を改善するため民間及び公的資金を集めている。国際復興開発銀行はそのほとんどの資金を世銀債券の売上から得る一方、国際開発協会は先進国40カ国からの資金を受け取っている。世銀全体で世界に約1万人の正規職員と約1万5千人の契約社員を抱える。国際復興開発銀行の払込資本金約115億ドルの内、米国が17.4%、日本8.2%、ドイツ4.7%、英国4.7%、フランスが4.5%を出資しており、国際開発協会が1960年の設立以来受け取った総額1460億ドルの内、米国が21.6%、日本16.7%、ドイツ10.7%、英国8.7%、フランスが6.9%を拠出している(数字は全て2006年の値)。

 ところが、世界銀行の役割は既に終わっているという声もある。公共事業でも民間資本でなされるケースが増えており、世銀グループのいくつかは民間の投資物件などにも手を出していることから、世銀のあり方について議論がされていた。貧困のない世界を達成するために市場レートに近い金利で融資をするのが世銀の主な仕事であるが、現在ほとんどの国が民間市場で資金調達することができる。ある分野では民間と競合して低い貸出金利を提供しているほどだ。「市場がローンを提供し開発援助機関が援助金を提供できるのだから、各国は世銀グループではなく大学などの研究部門に資金を提供するべきではないか」「途上国の政府は何も世銀グループからではなくコンサルタント会社からサービスを買えばいい」といった意見も聞かれる。世銀はつまるところ銀行でもなければ開発援助機関でもないため他に特化した団体が簡単に取って代わることができると皮肉も聞こえてくる。融資物件をとるために汚職に手を染めるような内部カルチャーがあるのならなおさらだ。ただ、中進国を含めて市場は途上国向けの40年以上のローンは提供しないため世銀の役割はまだあるという声もあり、実際に中国、ブラジル、トルコ、インドなど市場経済への移行に世銀の専門家の経験や知的貢献が必要だとされている。

 また、世銀やIMFは途上国の経済発展の妨げになっているという声もある。ペンシルバニア大ウオ‐トン校のヘニッツ教授らは71カ国を30年に渡り分析した結果、IMFや世銀が関わることによって途上国経済の失敗を招いているとの衝撃的な研究成果を発表した。特に「IMFや世銀が関わることで投資者のリスクを増大している」とも言う。つまり、これらの機関の存在によって投資者や政府との摩擦がおき、国営企業の民営化といった市場改革が行われていないと指摘している。これらの国が本来なら自分達のペースで市場改革を成し遂げるべきなのに、IMFや世銀などが厳しい改革条件を押しつけて融資の前提とするのは、かえって自国内で政府与党の立場を弱くし政治の混乱を招いたり、本当に必要な教育現場などにお金が届かず経済成長へつながらないという悪循環を招いているという。

 そんな中で世銀改革の必要性が叫ばれてきた。世銀の汚職・癒着はウオルフェンソン元総裁が改革のメスを握るまで、援助国の主権に関わることを理由に野放しにされていた。具体的には世銀職員が開発途上国の政府関係者や業者などからキックバックや賄賂を授受したり、プロジェクトの受注入札で談合や癒着業者への受注を慣例として行っていたりした。複雑に入り組んだプロジェクトの汚職調査は難しいが、ある調査官によれば毎年世銀が融資した資金の少なくとも20%は汚職に関連しているという。1995年に総裁に就任したウオルフェンソン氏は、就任翌年に内外の汚職を調査するための監査部門を設け1000万ドルの予算をつけた。2005年に氏が退任した時点で387件の汚職ケースがあったという。現在までに74人の世銀職員が汚職や詐欺のケースに関与していたと報告されている。その他に悪質な業者や個人と世銀との取引を制限するため制裁委員会を設置し、実際にこれまで190社及び148個人との取引を禁止した。また1700人にも上る高額給与所得の世銀職員の開示プログラムも設置した。ウオルフェンソン氏のビジョンはよかったのだが、調査官が22人と少人数である上、指導力に欠けていたためなかなか調査が進まなかったといわれている。

 2005年に退任したウオルフェンソン氏に引き続きウオルフォビッツ氏も就任早々汚職調査に乗り出し、更に500万ドルの予算を追加し12人ほど調査官を増やした。就任10ヶ月で汚職撲滅を第一に掲げ、世銀が関与するプロジェクトの汚職リスクを最小限にするシステムを作り上げること、アジアやアフリカ・中南米の多国籍開発銀行とパートナーシップを組み、悪質な業者の情報を共有することを宣言。また、ウオルフォビッツ氏は世銀の資金を使ったプロジェクトの汚職に関与した職員は厳しく処罰すると宣言した。また2005年最大の融資先であったインドへの医療プロジェクトの新融資8億ドルを保留し、いくつかの改革が行われるまで新しい融資の承認を見合わせると宣言。談合や政府関係者への賄賂や、母乳で育児する母親達に危険な薬が配られたりしたことが調査で露見したためだ。その他、汚職行為が取りざたされたケニアやコンゴ等への融資プロジェクトにも待ったをかけた。

 一方、ウオルフォビッツ氏は世銀内部に敵が多かったといわれている。氏の汚職撲滅の戦略は「当事国に開発計画の主導権を握らせる」という他の開発銀行のやり方とは相反する上、途上国が汚職対策を内政干渉と見る可能性が大きく議論を呼んでいた。また汚職疑惑があっても融資は承認済みだとしてプロジェクトを推進する世銀職員らと対立したり、融資を保留すれば他の機関から借りられてしまうと懸念する職員も少なくなく、本来の開発援助ではなく汚職撲滅を第一に掲げる氏の方針に不満を抱く職員も多かった。ウオルフォビッツ氏が世銀外部から連れてきた開発経験のない側近やアドバイザーらを重用し、世銀幹部を蚊帳の外に置いたことも世銀職員の神経をさかなでした。また、ウオルフォビッツ氏がイラク、パキスタン、アフガニスタンを例外扱いするなど、米国の国益のために世銀融資を使うと批判も出ていた。その上ウオルフォビッツ氏の融資保留の判断をおもしろくなく思う加盟国もあり、水面下で抵抗勢力との抗争が激化していた。そんな中でガールフレンドへの厚遇が露見し格好の攻撃材料となって辞任に追い込まれた。

 世銀職員の必要以上の高給や手厚い福利厚生も改革の対象だが、組織的抵抗にあってなかなか進んでいない。世銀職員は各国の出資比率に応じて国際公務員として採用されているため、給料は年平均約15万ドルという高給の上無税である。その上民間企業の平均をはるかに上回る日数の有給休暇の他に、高額の年金、子供の教育費、扶養手当はもちろんのこと自国から乳母を呼び寄せることまで可能だ。つい数年前まで出張はファーストクラス、パリへはコンコルドでという職員もいた。27人もいるといわれる副総裁への給料は一人平均年25万ドルとも言われ、契約社員には一日1400ドルも支払われているケースがあるという。90年代から情報の透明性を高めるためのプロジェクトが推進されたが、開示には世銀職員の抵抗が強く未だに多くの部分が非開示だ。

 ブッシュ政権はそんな世界銀行の改革・効率化を掲げて今度はゼーリック氏を総裁として送り込んだ。そういう米国も60年続いている総裁選出プロセスの改革には目をつぶる。慣例として世銀の場合は米国から、IMFはヨーロッパから総裁・専務理事が選ばれている。最大出資国とはいえなぜ国際機関である世銀の総裁を米国大統領が任命するのか疑問点が多く、世界人口の12%しか占めない米国とヨーロッパが総裁席を独占するのは如何なものかという批判がでている。それに対しIMFでは各国のGDPを目安に投票権を設定しているが、実際は途上国からの金利支払いなどの収入が増えているため昨年各国の投票権の割当を改定した。世銀の場合は未だ手付かずだ。

 ゼーリック新総裁は世銀職員からの信頼を回復するため、ウオルフォビッツ氏が掲げた「汚職撲滅」から本来の「開発」を第一目的に軌道修正するといわれている。近年の汚職調査部門の権力拡大に職員らは職権乱用や恣意的な調査判断があるとして反発していた。改革反対派は総裁交替によって改革の推進力が弱まることを期待しているようだ。ゼーリック氏は汚職があるからといって融資を止めるのではなく、経済発展のために「当事国に汚職をなくすようインセンティブを作る必要がある」と述べウオルフォビッツ前総裁よりソフトな対応を目指すようだ。世銀内部の改革についてはまだ言及がないが、ブッシュ政権から課された改革・効率化をどう実現するのかゼーリック新総裁の手腕に期待する。

参考:Washingtonpost、Financialtimes、US News & World Report 他

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT