先日の一般教書演説でブッシュ大統領はビルマやキューバを名指しし「自由(主義)の実現のために」引き続き戦うとしたが、キューバからの国交回復交渉の要望をはねつけ話し合いすらしない姿勢や、米国の行き過ぎたキューバ制裁は内外から非難の的となっている。
日本にとってキューバは遠い国だが、フロリダの先端からほんの150キロという米国から目と鼻の先にあるこの国は人口1100万そこそこのちっぽけな島国でありながら、超大国米国に歯向かう国というイメージがある。いったいどんな国だろうと興味を持っていたところ、先日キューバへ行く機会に恵まれた。街中には「ブッシュ=テロリスト」といった看板がぽつぽつと立っていたり、ホテルの書店には「2度とあの苦しい米国占領を繰り返さないために」といった本が並ぶ程度で、人々はいたって親しみやすくタクシーの車内には米国アイドルグループ、バック・ストリート・ボーイズの音楽が流れる。治安はすこぶる良く、ラテンの国でありながら勤勉で真面目な国民性を持つ。ブッシュ政権になってから更に経済制裁や渡航規制が厳しくなったため、世界広しといえど米国人観光客がほとんどいないビーチリゾートを楽しめるのはキューバくらいであろう。
超党派による下院キューバ問題研究委員会は1月に入り渡航制限の撤廃と経済制裁の緩和を提言した。以前にも同様な提言は行ったのだが12年ぶりに両院民主党が過半数を掌握したのをきっかけに再度提案。今回はブッシュ大統領といえどこれまでの強硬な態度をとりつづけられるか疑問視されている。委員会のマックガバン議員は「我々の対キューバ政策はカストロ政権を長期に持続させるためのもの以外何ものでもなかった」と米国のこれまでの政策は失敗だったと非難。
米国は外交関係を断絶した1961年から対キューバ全面的貿易封鎖を実行、1962年のキューバ危機で対キューバ海上封鎖を宣言した。また1992年には宗教などの限られた目的以外の米国人の渡航禁止、キューバ人亡命者の親族への送金制限、そして第3国にある米国企業の子会社のキューバとの商取引を禁止し、1996年のヘルムズ・バートン法では更に規制を強化した上で、キューバが民主国家への手続きをとることが制裁解除の条件とし、カストロ兄弟が政権を握る間は制裁緩和を不可とした。1999年には一部制裁が緩和されたが、2004年には再び強化されキューバ系米国人のキューバへの里帰り訪問や親族への現金送金も制限された。現在の渡航制限下では、キューバ系米国人が親族訪問のためにキューバへ渡航できるのは3年に一回に限定されている。昨年末にキューバを訪問した超党派議員団の一人は「自由な渡航政策が(キューバの)民主化を促進する」とし、米国が対中国やベトナムといった他の共産国には米国人の渡航を許すという2重基準を批判するなど、カストロ議長退任をきっかけに対キューバ政策の転換を求める声がこれまでになく高まっている。
米国の対キューバ制裁は国際社会でも全く理解が得られていない。昨年11月の国連総会では45年にも及ぶ米国の対キューバ通商禁止解除を求める決議を圧倒的多数で可決した。実はこれで国連が米国に対して「一刻も早く」対キューバ経済制裁を撤廃するよう求めて連続15年目になる。1999年にクリントン政権が若干緩和した程度で、ブッシュ政権になって全く聞く耳持たずというところだ。
確かに45年ほど前には米国がキューバを孤立させカストロ政権を倒すためのキューバ制裁のロジックは存在した。当時カストロはラテンアメリカ諸国の政権を転覆させソビエト連邦との関係を強化しようとしており、1962年にはそれがミサイル危機という形で表れた。だがそれは古い歴史であり、キューバ・ソビエト同盟からの脅威はソビエト連邦が崩壊した10年以上前に既に消滅している。一方カストロ政権は地域の国々と平和的な外交関係を築いており、それほど裕福でもない島国キューバが米国にとってもはや「脅威」ではないはずだ。ところが、実際には米国の対キューバ政策はこれまでになく強硬だ。しかも2001年の9.11テロ攻撃の直後キューバは米国との連帯を示した上、テロに対する共同努力も提案しテロ撲滅のための国連決議に全てサインしたにも関わらず、だ。 在米キューバ人亡命団体も以前の強硬路線から転じて対話路線を提唱しており、今年に入ってブッシュ政権に対し渡航及び送金制限の緩和を求めている。「キューバ制裁は米国の価値観に反するばかりか、米国人の雇用にも影響を与え、米国のイメージを悪化させている」とし、これまでの孤立化政策からエンゲージ政策への転換をという声も議員の間から聞こえてくる。基本的に民主党議員の間では制裁解除によってキューバが民主化するという考えが主流であるのに対し、共和党議員らは米農産物や製薬などの市場拡大のために制裁を解除する必要があると考えているようだ。
例えば共和党ミズーリ州選出のエマーソン議員は、キューバへの農産物の輸出規制の緩和を求めている。2005年の2月から米国政府は現金前払いを条件にキューバへの農産物輸出を許可しているがそれを撤廃してくれというものだ。現在米国からキューバへの農産物輸出は小麦・とうもろこし・鶏肉が主で年ベースで3500万ドルとなっているが、もし米国が現金前払い制を廃止すれば年間1億ドルまで上昇するといわれている。大部分の米国産物は貿易制裁で未だオフリミットだが、アーカンソー州選出議員もキューバ貿易規制の緩和を狙っており「アーカンソー州産の米と鶏肉にとってキューバは潜在的に大きな市場だ」という。
また米国政府は米国人観光客のキューバへの入国を禁止している。現在米国内の旅行会社からキューバ行きの航空券やホテル手配はできないようになっている。しかし実際は国務省の推計によれば毎年2万2千から6万人の米国人観光客が違法にキューバへ入国しているという。一方ヨーロッパやカナダ等からの観光客は年間200万人以上というから、あまり米国人観光客を見かけないのは当然だろう。ところで、キューバ当局は米国の法律に反して入国する米国人観光客に配慮して彼らのパスポートには入国スタンプを押さない。米国から国交のないキューバへは直行便はないため、カナダ経由かメキシコ経由でキューバ入りするのが普通であるが、メキシコ経由にするとパスポートに2つメキシコ入国スタンプが押されることになり都合が悪い。ある米国人はキューバからの帰りパスポートの間に20ドル紙幣をはさんでメキシコ入国審査官に渡すと入国スタンプが押されないという。
昨年12月のギャロップ世論調査によれば67%の米国人がキューバとの外交関係の修復に賛成しており、あるクルーズ会社の社長は、多くの米国クルーズ会社はハバナが解禁されるのを今か今かと待ちかまえているという。ハバナ市内のジャズクラブで出くわした米国人の一行は「私たちは宗教関係者なので特別に入国が許可されるの」といいながら飲んで騒ぐわ葉巻を吸うわのはしゃぎようだった。もし米国のキューバ渡航制限が解除されれば、怒涛のように米国人観光客が押し寄せるだろう。
一方、ブッシュ政権は時には傲慢ともいえる強硬路線をとりつづけている。昨年7月フィデロ・カストロ議長から政権を譲渡された弟のラウル・カストロ氏は実務家としての評価が高く、米国との国交回復交渉に前向きだというメッセージを2度ほど送ったが、ブッシュ政権は「キューバが政治犯を釈放し公正で自由な選挙を行わない限り無理」とはねつけた。
また2004年にはブッシュ政権はキューバ自由化のための援助委員会を立ち上げ、その委員会は500ページに及ぶカストロ政権排除行動計画を発表した。教育制度や交通機関の再編成などが明記され米国人の(政権)移行コーディネーターまで指名したという。キューバ出身のグティエレス商務長官は「ブッシュ大統領はキューバがキューバ国民のものであることを理解している」というが、これではまるで米国によるキューバ占領政策のようだ。国務省はこの報告書によって「キューバの人々の民主化の権利の保障とよりよい将来の夢の実現」ができるよう支援することが目的とうたうが、米州における唯一の汎米国際機関である米州機構のチリ人事務総長ホセ・ミゲール・インスルザ氏は「しかし、政権移行は今のところないし、(キューバは)貴方の国ではないのだ」とくぎをさした。2006年には引き続きブッシュ政権は「全体主義の共産主義独裁者による人権の抑圧」を断固として許さないと主張し「新しい民主化への"移行政府"にあらゆる支援を惜しまない」としている。(注:"移行政府"はまだ存在すらしていない)
この前提としてあるのは、キューバは崩壊の一歩手前であるという米国側の認識である。しかし最近のキューバ経済は中国やベネズエーラとの経済関係強化や主要輸出品であるニッケルの国際価格上昇、そしてキューバ北沿岸の石油採掘が進んでいる兆候もあり年成長率8%とも言われている。しかも観光産業のてこ入れで街には活気が戻り、米国が描くような「貧しくて独裁者に抑圧された社会」はもはや時代遅れの認識であろう。弟ラウル・カストロ氏への政権移譲は「独裁者から独裁者への権力の移行」なので絶対許容できないと米国政府が主張したのに対し、キューバ国民は何の混乱もなく受け入れた。「カストロが死んだらどうするの?」との問いにキューバ人タクシー運転手は「ラウルがなんとかするだろう」。「でもラウルだって76歳の高齢でしょう?」「ラウルで数年は持つし、その後もきっとなんとかなるさ」といたって楽観的なのだ。
半世紀に渡る米国の対キューバ政策から明白なことは、結局制裁によってカストロ政権を倒すことはできなかったということだ。ハバナ市内の革命博物館にも足を運んだが、若きカストロ兄弟と共に革命軍を率いたチェ・ゲバラ氏は米国の傀儡政権からキューバを解放した国民的英雄として描かれており、キューバ人から見れば米国は19世紀末から半世紀に渡りキューバを半植民地状態においた「悪い」国なのだ。しかもその後半世紀に渡って制裁を続けている米国がいくら民主化を支援するといっても真実味が薄いのだろう。逆に「また米国が占領を狙っている」と思われるのがおちで、キューバ国民がカストロ独裁政権からの「解放」のために立ち上がるとは考えにくい。前出のタクシー運転手も言うように「基本的には今の生活に満足している。ただ、キューバの外の世界を見てみたいな。なんたって45年もキューバから出たことないんだから」。
革命記念日である1月1日に飛び交った合言葉は「ビバ!リブレ!キューバ!」(キューバ解放万歳!)。外から見える反骨精神とは裏腹に陽気で忍耐強いキューバの人々が、米国からのイジメに屈することなく、経済発展によって自らの「自由」を勝ち取る日が近いことを祈る。
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