海外レポート/エッセイ
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冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空気」「場の空気」
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』。
最新作は『「上から目線」の時代 (講談社現代新書)』。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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Vol.3「オバマ、性急な改革者か? それとも政治的怪物か?
第279回 「アメリカは日本をマネするな」
配信日:2006-12-02
 先週は日本がアメリカのマネをしない方が良い、そんなタイトルで裁判員制度とホワイトカラーエグゼンプションの問題をお話ししましたが、今回は逆にアメリカが日本のマネをし出しているのではないか、そんな見方のできるストーリーをお話ししたいと思います。

 先週の木曜日、11月23日は感謝祭(サンクスギビングデー)でした。好況感が続いていることもあって、それこそ民族大移動とでもいうべき現象で空港や高速道路は大混雑しました。その晩は多くのアメリカ人が「実家」に帰って伝統の七面鳥の丸焼きを囲んで、大家族の団らんが繰り広げられたのだと思います。

 通常はこの日は、ほとんどの官庁や金融機関、一般企業、学校は休みで、一部の食料品スーパーが「最後まで七面鳥の買い出しに走る」人のために営業するだけです。そうしたスーパーも、午後二時頃までには閉店し、街は静かになります。何度かこの季節にこの欄でお話ししたように、夕方近くなると各家からは肉を焼く匂いが漂い、静かに家族の再会と団らんの時がやってくるのです。

 その後もある種の「お決まり」があります。その晩はひたすら静かな時間を過ごした後、翌日の金曜日はクリスマス商戦の初日となり、バーゲンが大々的に行われるのです。ですから、親たちは小さな子供を「おじいちゃん、おばあちゃん」に預けて、ショッピングモールの雑踏へと繰り出すのです。そして週末の土曜日から日曜日が「リターンラッシュ」となるのです。

 今年も基本的にはこの流れは変わりません。ですが、異変があったのは「金曜日」です。この日のことを、ここ数年「ブラック・フライデー」と呼ぶ習慣が出てきていて、今年には完全に一般化したようです。「ブラック」といっても、証券市場では悪名高い歴史的な「木曜日」とか「月曜日」のとは違って、各商店のレジスターが「真っ黒(帳簿の黒字に、インクの濃い色のイメージを重ねたもののようです)」ということで、こちらは景気のいい話です。

 その「ブラック・フライデー」が大変な盛り上がりになったのですが、今年の場合は「徹底的な安売り」が横行し、騒動になっています。まず、全米で「ファクトリー・アウトレット」という「工場倉出し特価」を誇るショッピングモールを展開している会社が「深夜の狂気(ミッドナイト・マッドネス)」と銘打って、感謝祭の晩の午前0時に「休暇明け再開店」をしたのです。

 午前0時を持ってある日のスタートとするという商習慣は、例えば話題の新作映画、それもメジャーなシリーズの最新作の「スターウォーズ」や「ロード・オブ・ザ・リングス」などの午前0時1分封切りというものがあります。ただ、こうした「深夜公開」というのはその映画の「ディープな」ファンのお祭りという色彩が濃く、一般の観客対象というのとは少し違います。また、日本のように「オールナイト」ということはなく、深夜に一回公開してあとは翌日の昼以降の通常スケジュールになるのです。

 ところが、この「マッドネス」というのは午前0時開店の後、ぶっ通しで正に「オールナイト」営業だったというのですから恐れ入ります。私は実際には行っていないのですが、近所の人の話では、少なくとも午前二時頃まで人気店のレジは長蛇の列だったのだそうです。治安が非常に良くなっているという点では結構なことなのかもしれませんが、やや常軌を逸した話です。

 この「マッドネス」ほどではありませんが、その「ブラック・フライデー」の明け方5時開店で「目玉商品の投げ売り」を敢行したチェーンも話題を呼びました。中でもウォールマートとベストバイ(日本で言えば、それぞれがIYグループと、ヤマダ電機のような位置づけでしょうか)は揃って42インチのプラズマ液晶TVを1200ドルぐらいという価格設定で集客を図ったのです。

 プラズマといっても、応答速度や解像度からすると日本の最新機種の二〜三世代前のものですが、一応HD規格になっている製品としてはかなりの「出血サービス」でしょう。両社ともに、こうしたいくつかの目玉商品について(例えばノートPCが300ドルとか、デスクトップと液晶モニターのセットで170ドルとか)各点先着順10名様限り、という告知をしたから大変です。

 私はたまたま感謝祭の晩の午後11時頃に客人を送っていった帰りに、近所の「ベストバイ」の前を通ってみたのですが、20代を中心とした若者が「目玉商品」を求めて300人ぐらいでしょうか、徹夜覚悟でテントを持ち込んだり「お祭り騒ぎ」を繰り広げていました。数週間前の「PS3」や「Wii」発売時の徹夜組騒動以来、こうした「深夜のテント村」はすっかり家電やディスカウントストアの風物詩になってしまったようです。

 目玉商品は各アイテムが「一店10台限り」らしいのですが、にもかかわらず300人以上も並んでいるというのは、それ以外にも新作DVDが3ドルとか、プリンタが20ドルというような掘り出し物があるからのようでした。ちなみに、先にお話ししたアウトレットの「マッドネス」の方は、全店何でも二割引とか四割引という商法だったようです。

 私はこうした一連の「深夜の狂騒」を見聞きして、これは日本のマネではないか、そんな風に思えてなりませんでした。まず感謝祭での大家族の団らんが退屈になって、若者中心に「折角の休みだから深夜に友人と繰り出したい」というのは一種の伝統の崩壊で、70年代あたりからの日本の年越しの風俗の変化に似ています。

 また、そんな感謝祭の晩の「オールナイト」にパート労働者を駆り出すというのは、本来は家族中心の行事のために人々を「一斉に労働から解放する」習慣の崩壊に他なりません。これも、日本の流れに似ています。正月三が日には一般の商店は休みだったのが、一部のデパートから始まった初売りがどんどん早まったり、コンビニの浸透で元日にも買い物ができる分、正月から多くの人にパート労働を強いるようになった流れと同じだとも言えます。

 こうした感じで「ケジメ」がなくなってゆく過程というのは、最初はそれなりに古い価値を壊す時の痛快さや変革エネルギーらしきものが見えたりするのですが、やがて臨界点を越えると、社会全体がノッペリして退屈になって行く可能性があります。その退屈に耐えられなくなった時に、社会が一気に「ポストモダン」から「プリモダン」へと一回りしてしまう、日本社会にはそんな危険な匂いがしますが、アメリカも遅ればせながら、そのサイクルに乗ってきたのかもしれません。

 それよりも問題なのは、こうした「値引きセール」がある種のデフレを誘発しているという点でしょう。設計から生産に至るものすごい努力を考えると、42インチでまあまあのスペックのプラズマが1200ドルというのは非常に厳しい価格だと思います。これは客寄せの特価ではありますが、恐らくはメーカーにも協賛金要求が行っていると思われると、やり切れません。

 アメリカでは、今週にFRBのバーナンキ議長が提言したように、人件費上昇などによるインフレ要因の話題が取り沙汰されています。ですが、私は2000年をはさんだ日本のデフレ現象にも似たような動きとして、アメリカでもインフレ要因とデフレ要因が交錯する時代が続くように見ています。

 そのデフレ要因というのは生産拠点が人件費の安い地域へとどんどんシフトしているとか、ITによるコスト管理、在庫管理が進んだなどのテクニカルな要因もあるのだと思いますが、それ以上に「付加価値を作り込めなかった製品はコモデティ化してしまう」という消費者心理の悪循環があるように思えてなりません。

 ところで、今は12月の初旬で、アメリカの高校生は大学への願書提出の時期です。有名校への専願である「アーリー・デシジョン」については既に提出が締め切られ、無限に併願可能な自由応募「レギュラー」の方も多くの大学ではこの年末に締め切られるからです。何度かこの欄でお話ししたように、アメリカの入試制度は日本で言う「AO(アドミッション・オフィス)」式を徹底したものがほぼ100%です。
 応募者は、希望する大学に次のような内容を提出しなくてはなりません。すなわち、SAT(全国統一テスト)の点数、高校の内申書(成績)、履歴書(スポーツ、課外活動、ボランティア、職業経験、その他の学習・研究履歴を記述)、指定された課題に沿って書いたエッセイ、推薦状二通(以上)と多岐にわたる資料で「自分の人柄と潜在能力」をアピールするのです。

 選考プロセスは秘密です。各大学それぞれにノウハウがあり、いろいろな要素を点数化したりもしているようですが、やはり「人物の輪郭」が浮かび上がるかどうかがポイントになるようです。例えば、ここ数年は校風に揺れが目立つから、その大学の伝統的な人物像に沿った人間を採用しようとか、逆に保守化させたくないから独立と反骨の匂いのする人物を少し混ぜよう、などと、日本で言えば企業や官庁の採用に近いこともやっているようです。

 それ以前の大原則としては、採用基準として「入学したらクラス内のディスカッションを活性化してくれる人物」あるいは「将来、卒業生として大学の名を高め、(ホンネとしては)更に寄付金を払うだけの財を成してくれる可能性のある人物」を選ぶ、ということになっています。ですから合否の結果は、その人物の「機械的な学力」とは一致しないのが当たり前なのです。

 ですから、ある大学から合格通知が来なかったからといって、応募者は「自分はあの大学に最低ラインで合格した学生より学力が劣っていた」と考える必要はないのです。落ちても「今年は保守的な学生を集めたんだろう。そんな連中と一緒にならなくて良かったんだ」というぐらいの気構えで良いのです。

 ところが、こうした主観的選抜方式にじわじわと変化が忍び寄って来ています。例えば、今年の事件として、プリンストンに落ちてイエールに入学したリー君という中国系の学生が、プリンストン大学を「アジア系学生への人種差別」だとして訴えたというニュースが話題になりました。何でもこの男子学生はSATのスコアが満点だったというので、当然プリンストンにも入れるはずなのに断られたのは差別だというのです。

 本人とその周囲は「満点で落ちるなんて」という思いがあり、それが「白人と黒人の差別問題には敏感な大学がアジア系の差別には無神経」という主張につながっていったようです。ただ、こうした訴訟が起こされ、メディアで大きく扱われているということは、従来の「アメリカの大学教育」にあった常識が崩れつつあるのを感じます。

 最初に申し上げた以上に、アメリカでは特定の大学に「落ちて」も落胆する必要はないのです。「自分とは縁がなかった、相性が悪かった」ぐらいに思えば良く、仮に「どうしてもその学科のその先生に師事したい」という思いがあるのなら、最初に入った大学で努力すれば転校(トランスファー)の可能性がありますし、その分野で良いテーマを見つければ、大学院でその先生に師事することも可能でしょう。そう考えれば「どうしても学部の最初からプリンストンに入らなくては」という思いを抱くのはナンセンスということになります。

 大学の方も、確かに卒業生を中心に愛校心を大事にします。ですが、本当に学びたいテーマもなく、とにかく有名大学だから、レベルが高いからという「ブランド志向」の対象で見られるのは非常に嫌うのです。とにかく従来はそうした「常識」が機能していましたから、主観的と言われようが何であろうが、アドミッション・オフィス(入学選考部門)は密室の中で「可能性を持った人材」を独自の基準で選考できたのです。

 今回の訴訟の行方は分かりません。恐らくはまだ原告のような主張は認められないと思います。ですが、今後更に大学への進学ブームが加熱して、塾が乱立し(既にその気配があります)その結果として「有名大学への入学」が一種の「達成」とみなされる、つまり日本のような本末転倒に至る可能性はゼロではありません。

 この問題とどこまで関連があるかは不明ですが、そのプリンストン大学と、ライバルであるハーバード大学は、入試制度の変更を発表しています。先ほどお話ししたように、アメリカの大学の出願には、11月中旬締め切りの「アーリー」と、年末締め切りの「レギュラー」の出願があるのが普通です。「アーリー」には特徴があります。それは合格通知が来たら必ず入学するという誓約をしないと出願できないのです。仮に合格しておきながら辞退するようなことがあると、その受験生の出身校は向こう何年も「一切入学させない」などの連帯責任を負わされる、ということでとにかく辞退はできない、したがって事実上「保証のない専願」となるのです。

 この「アーリー」は平均的な優等生の場合「やや高望みと思われる大学」か「真剣に入学したい大学」一校に出しておいて、「合格通知が来たらラッキー」という態度でいるのが正しいのです。勝負は時の運と縁ですから「ダメ元」で他の十何校かの「レギュラー」の願書も用意しておく、そして12月末に分厚い封筒が来たら「合格」(最近はメールで通知ということもあります)となります。

 大学側からすると、3割から4割ぐらいの新入生は「アーリー」で押さえるのです。何故かというと、「アーリー」は辞退できない、つまりは必ず入学してくれるわけで、その分だけ入試事務の方も真剣に調査をして合否を決め、それで上手くいっていたからです。

 ところが今回、プリンストンとハーバードは前後して「アーリー」選考の廃止を宣言しました。表向きの説明は「アーリーは優秀な学生を採用できる反面、どうしても富裕層が多くなってしまう。それで三割四割という新入生を取ってしまうことで、貧困層や有色人種の中から有能な人材を発掘できなくなることを恐れた」という何とも美しすぎる理由です。

 ですが、真相は違うようです。ハーバードとプリンストンは「他校と併願していても、両方受かれば絶対引っ張ってみせる」という自信があるのです。その前提で、例えば「プリンストンのアーリーは落ちるかもしれないが、イエールのアーリーなら通るかもしれない」と判断して秀才クラスの学生をイエールに取られてしまうことを防ぎたいのです。

 今後「プリンストンはアーリーを取らない」となると、「自分はイエールなら自信があるが、プリンストンは合否すれすれだろう」と思った学生は「イエールのアーリーは出さずに、プリンストンとイエールをレギュラーで併願してみて、結果を見よう」となるでしょう。プリンストンとしては、優秀な学生を他に渡さずに済む、これはなかなか恐ろしい戦略です。

 実はプリンストンの入試事務室は、数年前にスキャンダルを起こしています。それは、自分の大学と他校の併願者について「他校では、どんなパターンで合格不合格になっているか」を調査しようとして「本人になりすまして」他校の入試事務のサーバーにアクセスし、不正アクセス事件として摘発されたという問題です。その時は「バカなことをやった」という印象しかありませんでしたが、今から考えるとプリンストンは「併願状況」について神経質にシミュレーションでもしていたのでしょう。

 さて、この問題ですが、日本の大学入試とは、そもそも受験日の関係で無限に受験することは不可能ですから、直接比較はできません。ですが、例えば就職試験の流れの中で、三井物産と三菱商事が「当社は大学四年生の11月まで一切接触も選考も行いません。その代わり、四年生の11月に全員初めて選考の対象とします。それまでに他社の内定を得ていても構いません。その場合内定先から拘束などを受けるかもしれませんが、一切秘密厳守でしかも柔軟な日程で選考しますから皆さん出願してください」などとやったら就職戦線はパニックになるでしょう。まあ少し性格は違いますが、そんなレベルの話です。

 これはある意味で、プリンストンとハーバードの「奢り」という面があります。他も受かったとしても必ずこっちへ来る、という何とも言えない自信が感じられるからです。そこには全ての大学を序列化して自分たちはその頂点に立ちたいという貪欲さも見えます。その結果として、受験生の方も「絞り込まずにたくさん出して、合格した中で一番良さそうなところへ行こう」という節操のなさが加速するでしょう。

 これもある種の「ケジメ」のなさだと思います。受験戦争が加熱し、大学が全てランキング化されて、本来は比べる必要のない質的な多様性ですら凡庸な序列の中に位置づけられてしまうとき、教育はある大切なものを失ってゆく危険があるのです。勿論、アメリカの大学教育は大変に精度の高いシステムで、簡単には日本のようなことにはならないでしょうが、ある種の「ほころび」が見えてきているのは事実だと思います。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT