海外レポート/エッセイ
    ※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
新刊『「チェンジはどこへ消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

■寄稿家からのお知らせ
場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)という本を出しました。
既刊の『「関係の空気「場の空気」』、『上から目線の時代』(いずれも講談社現代新書)で述べた日本語のコミュニケーションに対する考え方を、更に具体例を交えて展開した内容です。
文章や構成のスタイルとしては、若い読者も意識した記述を心がけました。
書店でお手にとってご覧いただければと思います。

“from 911/USAレポート”が、『10周年メモリアル特別編集版』として電子書籍アプリで登場!!
「FROM911、USAレポート 10年の記録」
〜Vol.1「911からの10年、テロ戦争とはなんだったのか?」〜
【配信ストア】App Store
【対応機種】iPad/iPhone/iPod touch (※iOS4以上に対応)
【価格】350円(税込) 【発売元】株式会社G2010

2つの続編をアプリ内で追加購入できます。(各350円)
Vol.2「ブッシュの8年、草の根保守とイラク戦争の日々
Vol.3「オバマ、性急な改革者か? それとも政治的怪物か?
第576回 「オバマ二期目へのスローガン、その意外な中身」
配信日:2012-05-12
 5月に入ると同時に、オバマ陣営も正式に2012年の大統領選・本選への選挙運動入りを表明しました。5月1日に発表されたそのスローガンは、「FORWARD フォワード」つまり「前進しよう」というものです。前回の2008年は「チェンジ」でしたから、その「続き」というわけです。

 早速「その中身」が気になるわけですが、ちょうどこの「フォワード」というスローガンの発表と同時にインターネット上でビデオが公開されています。このビデオですが、まずオバマが当選から就任という時点、つまり2008年から09年の「リーマン・ショック」による景気後退、大量失業の問題を取り上げています。そこからアメリカが回復した様子について、例えば景気刺激策が効果があったとか、デトロイトの自動車産業への支援がアメリカの雇用を守ったとか、基本的に「やったこと全てが正しかった」という自画自賛のオンパレードになっています。

 実は、このビデオでは「その先へ前進する」という「フォワード」の具体的な内容は示されてはいませんでした。とにかく「フォワード」というスローガンだけが、5月に入ると大量にメディアに流されたのです。では、その中身は何なのか、どういった方向で「前進」するのか、その第一弾は1週間後の5月9日に発表されました。

 それは、オバマが合衆国大統領として史上初めて「同性間の結婚」を支持するというものでした。このテーマは、ここ十数年アメリカの政局を左右してきた大問題ですが、これまでは保守票や中間やや右寄りの票を失うリスクを考えると、また世論の分裂を仕掛けたという批判を受ける危険などもあって多くの政治家が慎重な姿勢を取ってきています。

 例えば2004年の選挙では逆の動きが大統領選の事実上の争点になっていました。南部を中心とした保守州では「結婚は異性間に限るという憲法改正」を訴える動きがあり、共和党現職のブッシュはこの動きに乗っていたのです。ジョン・ケリーを候補とした民主党の方はと言えば、合法化を訴えるどころか「禁止へ向けての憲法改正」を阻止するという防戦的な対応に追われた、そんな時代でした。

 また、オバマの2008年の選挙の際には、何としても「史上初の黒人大統領」を実現するということが運動の優先課題でした。ですから、同性婚などを争点にしては、右派からの厳しい攻撃を覚悟しなくてはならないという損得の観点から、また左右対立を激しく煽ることへの自重などから、オバマ自身が政策として取り上げるのを見送った経緯があります。

 ちなみに2008年の時点でのオバマは、同性婚問題はあくまで「各州の自治に任せる」という姿勢を貫いていました。ということは、正にこの再選を目指した選挙運動では「前進」をするというわけです。では、どうして前回は見送ったのに、今回は踏み込んだ立場へと動いたのでしょうか?

 一つにはこの4年という年月の重みです。4年という年月を経て、同性婚に対する状況はかなり変化しています。国際的に見ても、2008年以降にアルゼンチンが同性婚を承認していますし、メキシコやブラジルも一部の地域で合法になっています。またイスラエルも、国として同性婚を認めていないものの、他国で合法的に結婚した同性カップルに関してはイスラエル領内でも夫婦として認める方向に転じています。

 アメリカ国内では、何と言っても2011年の6月に大州であるニューヨーク州での合法化が成立したことが大きいと思います。隣のニュージャージーでは、州議会が合法化法案を通したものの、クリス・クリスティ知事が拒否権で潰す一方で、イスラエルの方向性と同様に他州で結婚した同性カップルの権利は認める方向です。現在ではニューヨークの他に、マサチューセッツ、コネチカット、アイオワ、ニューハンプシャー、バーモント、ワシントンDCで合法化、その他にも多くの州で合法化の動きがあり、認める方向での勢いが出てきているのです。

 時代の変化に加えて、4年の歳月は有権者の若返りという意味では大きいのです。大統領選の投票率を50%と考えても、4年間では800万票の若い票が加わる一方で、同じ数が入れ替わる中、同性婚に対して抵抗のない票がどんどん増えるわけです。

 もう一つは、敵がロムニーになったという事態を受けての戦術という意味合いです。ロムニーは、東部を中心とした中道州(スイング・ステート)での勝利を期待されて共和党の統一候補になっています。具体的には、ペンシルベニア、オハイオ、ニュージャージー、フロリダといった大州で勝利すれば、保守州の代議員を合わせれば勝てるという計算があるのです。

 そこで、同性婚の問題を持ちだして、仮にロムニーが共和党の党内事情から「反対」を打ち出すことになれば、それだけ中道州の中間層が逃げていく、そうした計算ができるわけです。「中道で穏健で、経済に強そうだから期待したが、社会価値観ではやっぱり保守か」ということで中間層の一部が落胆してくれればという思惑です。

 この点に関しては、ロムニーはさすがに有権者の変化、時代の変化を計算して「反対を絶叫」するのではなく、穏やかな口調で「私は結婚は異性間のものだと思っていますから反対です」と対応していました。ですが、その直後に「ロムニーが高校生の時に同性愛者のクラスメイトへの『いじめ』に加担していた」というスキャンダルが出て、早速ダメージコントロールに追われるという展開になっています。オバマの仕掛けは意外な形で効果(?)があったというわけです。

 この「同性婚の合法化」に加えて、オバマが盛んに有権者に対してアピールしているのは、「反テロ戦争」での「功績」です。アメリカ国外から見れば信じ難いことですが、例えばこの5月は「オサマ・ビンラディン殺害」の1周年だということで、改めてオバマ以下、ヒラリーなどの関係閣僚が「戦功の自画自賛」をやっていました。

 とにかく「ビンラディンを殺した」ことでアメリカは安全になったというのです。それだけではありません。こともあろうにオバマ陣営からは「ロムニーだったらビンラディンを殺す決断はできなかっただろう」などという無茶なコメントまで飛び出す有り様です。

 この「反テロ戦争」ですが、先週から今週にかけては別の動きもありました。「下着爆弾を隠して搭乗したテロリスト」により「旅客機爆破の計画」があったのだが、当局の捜査が成功して未然に防いだというニュースがヘッドラインを飾ったのが先週で、「詳細は国家機密」という何とも「思わせぶり」な報道が続いたのです。2009年にデトロイト空港で未遂に終わった「クリスマステロ」事件と同様の手口だとして、各メディアは大きく取り上げていました。

 ですが、今週に入って驚くべき報道が続きました。この爆弾テロリストの正体は「サウジのスパイ」であって、CIAと密接に連絡を取りながら身分を隠してイエメンのアルカイダ系グループに潜入、そこで密命を受け爆発物を手にしてアメリカに向かったというのです。何とも怪しげな話です。更に驚いたのは、この「二重スパイに爆弾を渡したと見られるアルカイダ系のグループ」のイエメン領内の本拠に対してアメリカは空爆を行なって、何名かの殺害に成功したというのです。

 確かにアメリカのCIAというのは、トルーマン政権時にダレスが作ったわけで、そのルーツは大戦中のFDR政権にあるわけです。ですから民主党に近いわけで、例えば歴代の民主党大統領はこうしたCIAを使った「オペレーション」を好んだという面はあります。オバマもその例に習ったということは言えるでしょう。

 ですが、2008年に「チェンジ」を掲げて当選し、就任直後には「イスラムとの和解演説」や「核廃絶演説」を行なって世界的な支持を獲得し、ノーベル平和賞までもらったオバマの行動としては、余りにもイメージが異なります。と言いますか、ハッキリ言って「血に汚れている」とすら言えるでしょう。

 とにかく、オバマ=ヒラリー(国務長官)=パネッタ(国防長官、前CIA長官)のトリオは、大規模な戦争に関してはアフガンもイラクも撤兵の方向ですが、個別の問題に関しては相当手の込んだ「オペレーション」をやるのが好きなようです。「ビンラディン殺し」に加えて「二重スパイを使ったイエメンのアルカイダ壊滅作戦」・・・何ともため息が出る話です。しかも選挙戦へ向けての「劇場」で大見得を切って見せる大胆さも持ち合わせているというわけです。

 それにしても、2008年に「チェンジ」を掲げて当選したオバマが、二期目へ向けて「フォワード」というスローガンを掲げている、その中身が「同性婚の承認」と「テロリスト殺害作戦」というのは何とも違和感のある話です。アメリカ国内の左右対立の中の力学では説明できても、国際社会へと影響力を与えるインパクトということでは、どう考えても「チェンジ」という看板とは違うイメージがあるのです。

 では、どうしてこんなことになったのでしょう?

 背景にはアメリカの財政事情があります。オバマとしては、景気がようやく上向きになってきた状況を受けて、本来であれば民主党の党是である「大きな政府」的な政策を使って、更に景気を浮揚し、失業率を一気に下げて再選を確実にしたいはずです。ですが、そもそもリーマン・ショック直後の就任という時点で行った景気刺激策は雇用創出効果は一過性でしたし、またこの景気刺激策を含めてアフガン・イラク戦争以来の歳出増で財政は厳しい状況になっているのです。

 仮にここで更なるバラマキを行うようですと、かえって市場の不信を買って景気の足を引っ張る可能性もあるわけです。オバマとしては2011年に「財政規律」に関して中長期では相当にドラスティックな改善をしなくてならないというタンカも切っているわけで、この点も守らなくてはなりません。こうした点で言えば、今回の大統領選における財政論議にはそんなに幅は取れないのです。

 一期目の時は違いました。オバマの「チェンジ」という政策には健保改革が入っており、大きな争点になったのです。これに対して、今回の選挙では「大きな政府論」の民主党と「小さな政府論」の共和党が正面衝突するような対立軸には、なりにくいのです。それだけアメリカの財政は悪化しているし、政策の選択の幅は狭まっているのです。

 一見すると「同性婚の承認」と「テロリスト殺し」は対極にあるように見えます。前者は心優しい人権派の政策であり、後者は残忍で国際法無視の政策という印象になるからです。ですが、この両極にあるとも思える政策をオバマが「フォワード」だとして掲げているのは、そこに共通点があるからです。それは「どちらもカネがかからない」という点です。

 ギリシャが大変なことになる一方で、フランスの選挙結果も緊縮財政への息切れを示す中、とりあえずオバマとしては経済運営でミスはできません。「景気の足を引っ張らない」ということを至上命題とすれば、これ以上のバラマキは難しいのです。また、財政規律を意識するということは、クラシックな「共和党の売ってくるケンカ」を買わずにスルーするという政治的効果もあると思われます。

 そう考えると、この「フォワード」という政策のウラには、相当な深謀遠慮があると見ることもできるでしょう。勿論、これからの選挙戦がこうした流れのままで行くかは分かりません。他でもない民主党政権ですから、景気浮揚が進んで歳入増が見えてくれば改めてカネを使う話を蒸し返す可能性もゼロではないと思います。ですが、この5月の時点、投票日まで6ヶ月を切った時点での対立軸はとりあえずこうした形で設定してきたわけです。これに対する、ロムニーの「次の一手」が大変に注目されます。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT