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from 911/USAレポート / 冷泉 彰彦
冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『
911 セプテンバーイレブンス
』『
メジャーリーグの愛され方
』『
「関係の空気」「場の空気」
』
『
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?
』。訳書に『
チャター
』。
最新作は『「
上から目線」の時代 (講談社現代新書)
』。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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第560回 「ホイットニー・ヒューストン急死で問われる処方箋薬問題」
配信日:2012-02-18
二年前のマイケル・ジャクソンの死の時は違い、今回のホイットニー・ヒューストンの死にあたって、各メディアはスキャンダラスな報道については差し控えているようです。何と言っても、死の直後にグラミー賞があり、そこで急遽故人のトリビュートがされた、そのタイミングが大きかったように思います。
またその2日後の14日はバレンタインデーだったことから、彼女のラブソングが人気TVドラマ「glee」で偶然取り上げられており、これも彼女の追悼という意味合いで全米で受け止められたのでした。
そんなわけで、スキャンダルの材料としてのニュースというよりは、ひたすらに突然の悲報であったわけです。それよりも何よりも現役のスーパースターの死であることから、メディアとしては彼女の偉大さを特別に回顧する必要もなかったこともあり、何もかもが自然に流れていったように思います。
一方で家族親族のショックは大変なものであると伝えられています。葬儀は週末に彼女の故郷であるニュージャージー州のニューアーク市で行われる予定なのですが、当初はマイケル・ジャクソンの告別式のように、巨大アリーナで開催されるという憶測があったのです。ですが、その後に訂正が流れ、家族の反対で、それこそホイットニーが幼い時から聖歌隊の一員であったニューアークの小さな教会で行われることが発表されています。
スキャンダラスな報道がエスカレートしていないというのには、死因の問題もあります。例えば、マイケル・ジャクソンの死亡の場合は麻酔薬のプロポフォール、つまりうつ病治療薬でも睡眠導入剤でもない非常に強い薬が関与していたわけです。この薬剤は、全身麻酔の手術の際に使用するもので、点滴で注入する際から睡眠中、そして覚醒するまで血圧や心拍数などをモニターしながら慎重に行わねばならないなど特殊な薬です。それを不眠症の治療に使用するというのはほぼ論外であって、主治医が有罪になったのも当然と思われます。明らかに異常な事件でした。
ですが、ホイットニーの場合は、徐々に詳しい報道が始まっていますが、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の長期服用と、そのアルコールとの組み合わせ摂取による心肺停止事故という可能性が濃厚です。これだけ聞けば、大変な事故のように聞こえますが、マイケルの場合のプロポフォールの目的外使用に比べれば、通常の処方箋薬の使用ミスということである意味では済んでしまうということもあり、警察も事件性を早々に否定しているわけです。
そうした「空気」に対して噛み付いたのが、保守系のTVキャスターのビル・オライリーでした。FOXニュースで自分の番組を持っているオライリーですが、時々NBCにも顔を出すのです。16日の木曜日には、自分の近著の宣伝も兼ね、最近の共和党予備選のゴタゴタを解説するために朝のワイドショー「トゥディ」に出演していたのです。
そこで、司会のマット・ラウアーに対して、オライリーは猛烈な勢いで食ってかかっていました。「俺は、こういう芸能人がヤク中になって死ぬたびに、悲劇だとか言って美化して故人の功績をショウアップするのは止めたほうがいいと思ってるんですよ」とオライリーは容赦がありません。「ホイットニー・ヒューストンってのはね、ジャンキーなんです。ハッキリ言いますがね。完全に自分が悪いんです。自分が悪くてクスリの中毒になったんだと。とにかく社会に対して美化したメッセージを出してはダメですよ」
これに対してラウアーも負けてはいませんでした。「確かにドラッグ中毒が美化されてはいけないでしょう。でもあれだけの業績のあった人なんだから、栄光の部分も伝えないとバランスを欠くことになるんじゃないですか」という調子で、二人は朝っぱらから完全に平行線でした。
考えてみればここ数年に似たような事故が余りに続いているというのも事実です。例えば女優のブリトニー・マーフィーが2009年に32歳で急死していますし、2008年にはヒース・レジャーが28歳で亡くなっています。もっと新しいところでは、2011年に歌手のエイミー・ワインハウスが27歳で急死しています。
この中では、ワインハウスの場合は大量のアルコールとメタンフェタミン系の錠剤(一種の覚せい剤)の摂取というケースなので、ひとまず除外するとして、ヒース・レジャー、ブリトニー・マーフィー、そして今回のホイットニー・ヒューストンの三人に共通しているのは、ベンゾジアゼピン系の薬物の問題です。
ベンゾジアゼピンというと難しい化学物質というイメージですが、これはいわゆる麻薬として出回っているものではなく、れっきとした処方箋薬です。実際には豊富なバリエーションがあり、また商品名も含めると何十種類もありますが、特に不安障害や、不安障害に関連した不眠の治療には特効薬として広く使用されているものです。ただ、このベンゾジアゼピンには(その中の種類にもよりますが)依存性が強いという問題があります。
依存性が強いということは、この薬を使う際には絶対に意識しなくてはならないわけで、そのために市販薬ではなく処方箋薬として医師の管理下で使用しなくてはならないわけです。原則としては、短期的な治療のために2週間を限度として使用することになっているようです。ですが、問題は依存が強くなる中で、実際は同じ系列の中で他の薬に移行させたりすることがされており、最終的には本当に強い依存に陥ってしまうという点です。
ここに、アメリカの制度的な問題が影響しています。確かに処方箋の管理は一応厳格に行われているのですが、例えば30錠もらったとして、それを勝手に数日で飲みきってしまったとします。そうすると、どうしても次の30錠が欲しくなるわけで、元の医者に行っても、あるいは元の薬局に行ってもそれはダメなわけです。
CNNの番組で実際に医療評論家のサンジェイ・グプタ医師が実験して報道していたのですが、例えばベンゾ系の薬を飲んでいることを隠して別の医者に行って処方箋をもらい、別の薬局に行けば又薬が買えてしまうわけです。これに加えて、余りにもポピュラーな薬なので(多くのものはパテントが切れてジェネリックが出回っている)闇市場でカナダや中南米経由のものも出回っているようです。
さて、問題はそんなわけで依存と濫用ということが相当に蔓延しているわけですが、ではどうして危険になるのかというと、非常に簡単にいえば不安障害の改善のために、中枢神経系の情報伝達をブロックするメカニズムの薬であるわけです。それを過剰に摂取して効果が暴走すると、不安感情どころか呼吸を司る神経のマヒに至るわけで、つまり呼吸が停止して死に至るのです。
暴走のきっかけは、例えば他のカゼ薬との併用などのケースが言われています。報道によれば、ヒース・レジャーやブリトニー・マーフィーの場合は、どちらもアセトアミノフェン系のカゼ薬、あるいは非ピリン系のカゼ薬との併用がされていたようです。カゼ薬というのは要するに神経系を麻痺させて刺激に対する反射であるクシャミや咳を止めるという機能を狙ったものであり、ベンゾジアゼピン系の薬と混用すると呼吸を止めることになる危険があるわけです。
今回のホイットニー・ヒューストンの場合は、カゼ薬ではなく、ベンゾジアゼピン系の薬剤を二種類(一説によれば三種)を飲み、しかも大量のアルコールを摂取していたようです。複数のベンゾ系の錠剤を持っていたというのは、必ずしも闇市場や複数の薬局から違法に入手しただけではないと考えられます。
報道によれば、亡くなる前の10日間に、ホイットニーは少なくとも三回医師に診断を受けているようです。もしかしたら医師が懇願に負けて大量の処方をした可能性もありますが、流石に医師免許を剥奪されるリスクを覚悟で処方箋を書くことはないでしょう。この辺からは推理になりますが、例えば余りにベンゾ系のある錠剤の依存がひどく、依存から抜けさせようとする際に、「ベンゾジアゼピン離脱シンドローム」を発症してしまうケースがあるわけです。
仮にホイットニーに関して、そこまで重い診断がでていたとしたら、「離脱シンドローム」への対策として、同じベンゾ系の違う薬を入れて、前の薬への依存を抜くというプロセスを踏んでいた可能性もあるように思われます。それとは別に、周囲の証言からは「グラミーの前夜祭パーティーに参加することへの不安障害が出ており、何年も前からそうした場合には大量の薬物で乗り切っていた」という情報もあるので、医師が総合的に考えて複数種あるいは多めの処方をした可能性もあるかもしれません。
いずれにしても、ベンゾ系二種類を含む三種類の処方箋薬が部屋に残っていたということから、相当に薬への依存が進んでいたのは間違いないと思います。結果的に、「パーティー参加への不安障害が出ていた」「薬物への依存が進むと同時に耐性も出ていた」「そのために複数の種類の錠剤を服用していた」という状況があったと推察され、加えてアルコールの大量摂取があったと思われます。
アルコールですが、ホイットニーが何も不真面目な「大酒飲み」だったから摂取したのではないでしょう。恐らくは、強度の不安障害があり、薬物への耐性ができたことからの薬の効きの悪さなどの延長で、早く楽になりたいという理由で摂取したのだと考えられます。報道では、人相の悪い、いかにも「ヤク中」というイメージの写真が出回っていますが、本人の中で起きていたのはそういう種類のドラマであった可能性が考えられます。
最終的には(現時点では推測の域を出ませんが)複数の薬物の相乗効果、そしてアルコールによる急速な薬物の血中濃度上昇、アルコール自体の中枢神経系への作用が相乗して、呼吸を司る神経のマヒにより心肺停止に至ったのだと考えられます。
では、ホイットニーの死を教訓として、具体的に何をしたらいいのでしょうか? それほどまでに依存性が強く、急に止めると「離脱シンドローム」などに陥るというのなら、この種の薬は全面的に禁止すればいいかというと、そうは簡単には行きません。というのは、不安障害が亢進して自殺企図などの兆候が出た場合、あるいは極度の不眠に陥った場合には、この薬は特効薬とされるからです。加えて他の臓器等への副作用は軽微であるなどの理由から、北米では広く使用されているのです。
禁止という選択が難しいとして、具体的な対策として思い浮かぶのは例えば電子カルテを普及させることです。アメリカではオバマ政権が音頭を取って、電子カルテの普及を進めていますが、まだ普及は途上段階です。仮に投薬記録がしっかり個人別に把握でき、それが担当医や本人だけでなく、部分的には薬局や「セカンド・オピニオン」を聞くための別の医師などにも利用できれば、二重の処方というのは抑制できるからです。
また、自分のカルテにネットで簡単にアプローチができれば、現在服用している薬とアルコールの相乗効果がいかに危険かも本人に分かるのではないでしょうか。ホイットニーの場合は、例えば2009年のマイケル・ジャクソンの死に際して「自分も恐怖を覚える」とか「こんなことがマイケルに起きたのなら、私にも起きるんじゃないか」という今から考えれば、自分の悲劇を予言するような発言をしているのです。
精神的に安定している時のホイットニー本人がそこまで危機感を持っていたのなら、何か救いようがなかったのか、私はそのように思います。そうした観点からすると、電子カルテというのは具体的な効果があったかもしれません。とにかくこの問題は、ホイットニー・ヒューストンの死を契機に、その種の薬物を全部禁止せよというような単純な議論にはならないと思われます。
いずれにしても、米国のポップミュージック史上に燦然と輝く歌姫は、伝説になってしまいました。18日(土)の密葬では、ケビン・コスナーが弔辞を、そしてスティービー・ワンダーと共にアレサ・フランクリンが歌唱を捧げることになっています。そのフランクリンは、17日の朝、NBCのインタビューに応じて、「辛いけれどしっかり歌いたい」と述べた後、「キラキラ星 "Twinkle, twinkle, little star"」のメロディーに乗せて "Twinkle, twinkle, superstar" が消えてしまったと即興で歌っていました。
フランクリンの即興を聞いてスタジオは一瞬沈黙してしまいました。弾むようなリズムに乗せて、慟哭と喪失の思いが聞く者のこころに突き刺さる、そんな瞬間でした。同時に、余りにも悲しい死であるがゆえに、遺族は葬儀を公開できないのだということも納得させられたのです。
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