海外レポート/エッセイ
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冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空気」「場の空気」
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』。
最新作は『「上から目線」の時代 (講談社現代新書)』。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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第466回 「BP海底油田事故が提起する論点とは?」
配信日:2010-06-19
 メキシコ湾のルイジアナ沖海底油田での原油流出事故は、先週から今週にかけて「陸上」では大きな展開がありました。まず初動の遅さを批判されているオバマ大統領は現地入りして被害漁民などと時間をかけてコミュニケーションを行うと共に、改めてBP社を批判しています。これと並行して、連邦政府とBPの間では、BPが被害補償のために20ビリオン(1兆8千億円相当)のエスクロウ(公的管理の基金)を設けることで合意しています。これに引き続いて連邦議会では、BP経営幹部の証人喚問が行われ、こちらはトヨタ公聴会どころではない厳しいものになりました。

 ということで事態は進みつつあるのですが、私には今回の事件というのは、これまで世界が経験していなかったような新しい問題を提起していると思われるのです。論点を整理して、それぞれについてじっくり考えることが求められています。科学技術の問題、法律論、財務、国際関係など、問題は本当に多岐に渡るのです。

 まず気になるのが、技術面です。今週、CNBCのマーク・ヘインズが「この問題はせいぜい高校の物理レベルの話じゃないんですか?大勢の科学者や軍隊まで繰り出して何をやっているんでしょう?噴出している液体にフタをして止めるのが、どうしてできないんですか?」と吠えていました。リーマンショックの渦中でも冷静なコメントをし続けていたヘインズが、珍しくカッカしていたのですが、このコメントは多くの人の気持ちを代弁しているのは間違いありません。

 流出の場所が分かっていて、流出している液体の成分も分かっていて、流出のペースも一定(間欠泉のような爆発的なものではない)、しかも流出口はパイプの断面という条件で、どうして「フタ」ができないのか? 世界中の多くの人間が「?」と思っているにも関わらず、では、どうして「フタ」ができないのでしょう? それは次の2つの理由があるからです。

1)原油は比重が軽い。そのために、フタをしても、その下に原油が貯まると浮き上がってしまいフタが外れる。小さなフタでは軽くて浮きやすいし、大きなフタであれば中に原油が貯まれば大きな浮力が起きてダメ。だからといって、比重の重い特別な金属でフタを作るとなると、作るのが困難であると同時に有毒物質が出てダメ。
2)物凄い圧力で噴出しているので、セメント的なものを流し込んでも固まる前に吹き飛ばされてしまう。

 どうしてこんなことになったのかというと、それは全て深度のせいです。今回の事故では、海底が海面下1500メートルという深海で、その海底の底を更に3000メートル掘っているのです。そのために、原油の存在位置に加わる地中の圧力は非常に高くなるわけで、他の例えば大陸棚の海底油田などとは比較にならない猛烈な圧力(1000気圧近く)で噴出しているのです。また噴出箇所である1550メートルの深海では作業は困難を窮めるという問題があるわけです。

 現時点では、この辺りの事情に関して十分な情報公開はされていないように思います。問題は「噴出を止めるメカニズムを説明すれば説明するほど、そうした事故を防止するための措置にはどんなものがあるかが世論に理解されてしまう」わけであり、その結果として「今回はどの程度、安全基準が無視されていたのか?」という責任問題も明確になって行くからのように思います。この間の記者会見にしても、議会公聴会に関しても、BPとしては「刑事罰を避けるために必要最小限のことしか言わない」という姿勢が見え隠れしており、その結果として事故原因にしても、漏出停止の策にしても100%の情報が出回らないようです。この辺り、流体力学や土木工学にノウハウのある日本の学者さんなり、民間の研究者がどんどん分析して情報発信していただきたいものです。

 次の問題は、被害者に対する補償の枠組みです。ここまでの流れで言えば、事故後の最初の50日ぐらいは、とにかく世論はBPへのバッシングを強めて行き、オバマ政権もそれに乗っかってゆく中で、最終的にBPが基本的には全額補償を行うというコメントを出すに至りました。ところが先々週ぐらいから、被害額がドンドンと膨張してゆく中で、いくら資金の潤沢なBP社といえども、破綻してしまうのではないかという論調が目立つようになっています。あくまで民間企業が私財を投げ打っての補償であるならば、その企業が倒産してしまってはゼロになってしまうというわけです。また、BPのような優良企業ならまだしも、経営内容の悪い企業であればサッサと破産して責任から逃れることもできる、これではダメだ、そんな「空気」になりました。

 この時点では一部のジャーナリストからは、「金融危機の際にウォール街は救済されたのに、大規模な環境汚染を起こしたBPが破綻するようならどうして公的資金を注入できないのか?」という議論も出ています。公共性ということでは、金融危機も環境汚染も仮に責任のある民間企業が破綻するようなら、政府の出番だという点で優先度は変わらないというのです。ですが、これには、オバマ政権も、民主党も共和党も含めた議会も凍りつきました。必要性ということなら正論かもしれないが「悪事を起こしたBPを税金で救済しては政治が持たない」というのです。

 そんな中、疑心暗鬼が生じました。全額BPに負担させるのが筋で税金投入はイヤだ、だからといってBPが破綻したら大変・・・フラストレーションは湾岸の被害コミュニティを中心に広がっていき、その圧力はオバマ政権への、もっと言えば大統領個人への不信感という形で噴き出す気配もあったのです。大統領が一泊二日の現場視察に行き、その後でBPのヘイワードCEOとの直談判で20ビリオン(1兆8千億円)の基金設立という合意ができたのです。

 ちなみに、この20ビリオンですが「エスクロウ口座」ということで、基金という訳語より「資金の差し押さえ」というべき性格のものだと思います。私は20ビリオンで足りるのか、実は心配がかなり残っているのですが、少なくともこの大きな桁数、そして破産しても大丈夫なように、事前に資金を差し押さえる措置ということで、非難は一段落しています。さて、この措置ですが、私は急場しのぎの措置に過ぎないと思います。というのは問題点がゴロゴロしているからです。

 まず何の法的強制力もないのが心配です。BPはこの措置と並行して「当分の間は配当を行わない」という声明を出していますが、株主が黙っているとは思えません。一方で先ほど申し上げたように、補償額が20ビリオンを越えた場合はどうするのかは不明です。資金の管理には専門家を招聘していますが、とにかく毎月の生活費に事欠く被害者を中心にどう優先順位をつけるのかも非常に難しいと思います。更にいえば、今後同業他社にはどんな規制をかけていくのか、たまたま資金に余裕のあるBPの事故だったら良かったものの、そうでない場合を考えて現行の保険加入義務をもっと厳格にするなどの恒久的な制度の見直しに関しては全く決まっていないのです。

 例えば、基金の件が決まったことを受けて、海岸がたいへんな被害を受けているアラバマ州では「BPのカネで一切の清掃が完了する」ことを前提として「美しいアラバマの海へようこそ」という観光キャンペーンを再開するというのですが、漠然と時期尚早という感じもありますし、そもそも完全にBPのカネでキレイになるのかという点も含めて、どこかスッキリいかない話です。ただ、観光収入がダウンして大変な思いをしているアラバマとしては、当然の措置という感覚なのだと思います。この例も、全ての法的枠組みがハッキリしないことから来ています。

 17日の議会公聴会では、テキサス選出のジョー・バートンという共和党の「親石油産業」議員から「20ビリオンの差し押さえは<ゆすりたかり>の類であり、米国政府を代表して私は謝罪したい」という「トンデモ」発言が飛び出しました。オバマ=バイデンの民主党政権は「それ見たことか」と猛烈に攻撃を仕掛けましたし、これは大変、折角の追い風を台無しにするというわけで、共和党のベイナー院内総務も急遽バートン議員を呼びつけて火消しに躍起でした。いくら「小さな政府論からの民事不介入」的なイデオロギーであっても、最終的に「極悪人」の石油メジャーを救済せよというのは、選挙前の現時点では自爆行為に等しいからです。

 次の大きな問題は、BPが多国籍企業、いや無国籍企業に近いということを含めた、国際的な枠組みの問題です。BPというのは、元来がブリティッシュ・ペトロリウム(英国石油)という名前の通り、英国の国際石油資本(メジャー)でした。元来は英国政府が株式の過半を保有した国策会社だったのが、サッチャー改革で民営化されて後、テキサスのアモコ石油と合併してBPアモコとなり、更にエンジンオイルの英国カストロール社(今回のW杯でもスポンサーをしているのでブランドとしては存在感があります)を吸収して以降はBPという名前になっています。ちなみに、BPの本社はロンドンですが、メキシコ湾の海底油田開発の指揮はルイジアナに大きな本社があるのです。

 ですから、問題発生当初からアメリカの政府もメディアも「ブリティッシュ」という言い方で英国の、つまり外国の企業がアメリカで問題を起こしたというニュアンスを与えることは徹底して避けています。あくまで「ビーピー」という言い方で一貫して、英国というイメージを出さないようにという感じです。その結果として、変なナショナリズムが出ない一方で、「国際問題」という形での「遠慮」もない、そんな形になっています。

 BPのスバンベリ会長の「スモール・ピープル」にも配慮しているという「失言?」が飛び出したのはそんな流れの中でした。そもそも米語には "small people" という語彙はないのです。ですが、自然に語感を受け止めると「貧しい人々」とか「か弱き人々」というニュアンスになってしまいます。そこで湾岸の被害者達は憤激したのですが、そもそもスバンベリ会長はスエーデン人で、英語は母国語ではないのです。NBCなどは良心的に「ロスト・イン・トランスレーションの一種」と会長を擁護していましたが、それまで無国籍イメージできて、都合のいい時だけはヨーロッパ企業だから文化が違うという逃げ方をするのはムリというものです。妙なドタバタ劇ですが、BPがこの件でも謝罪に追い込まれたのは仕方がないでしょう。

 コミュニケーションの上でアメリカの会社なのか、英国の会社なのかというのは、余り深刻な問題ではないかもしれません。ですが、法的な枠組みをしっかりする中で、とりあえず被害国のアメリカの政治と法律で全てが仕切られているというのは、やはり不自然です。どこかの時点で、もう少し国際的な法律解釈や、安全規制の統一化をしなければ大変だと思うのです。

 いずれにしても、公的資金なしの20ビリオンという「数字の見せ方」でオバマ大統領は政治的に延命はできたようです。ですが、今後の流出ストップ作戦のゆくえ、そして実際の補償額のケタがどうなるかといった問題は、全く予断を許しません。まだまだ当面の間、この事件はトップニュース扱いが続きそうです。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT