海外レポート/エッセイ
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冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
新刊『「チェンジはどこへ消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

■寄稿家からのお知らせ
場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)という本を出しました。
既刊の『「関係の空気「場の空気」』、『上から目線の時代』(いずれも講談社現代新書)で述べた日本語のコミュニケーションに対する考え方を、更に具体例を交えて展開した内容です。
文章や構成のスタイルとしては、若い読者も意識した記述を心がけました。
書店でお手にとってご覧いただければと思います。

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第460回 「在沖米軍の抑止力とはそもそも何なのか?」
配信日:2010-05-08
 鳩山首相が沖縄を訪問しました。政権獲得前には「沖縄海兵隊の存在意義は抑止力だということを知らなかった」が、今は「抑止力のために必要だ」と理解したというロジックは、何とも頼りない印象を与えます。現時点では、鳩山首相の悪口を言おうと思えばいくらでも可能でしょう。例えば、理想と現実のバランスを華麗なレトリックで「生き延び続けて」いるオバマ大統領などと比較すれば、技量は雲泥の差というより、別世界の人物のようにも思えてきます。

 確かにそうなのですが、冷静に考えると、そこまで鳩山訪沖のことを悪く言う必要はないのではないでしょうか? まず言えるのは、仮に他の内政外交面で「ヒット」を重ねて支持率が50%以上あったとしたら、こんな捨て身の訪沖はできなかったという点です。支持率が20%程度、5月の連休明けには「政局か?」などと言われている状況だからこそ、沖縄へ乗り込むことができたということは言えると思います。そのコミュニケーションスタイルについて言えば、何を言われても引き受ける、とにかく「育ちの良さ」と「ある種の覚悟」を踏ん張りどころにしてサンドバックになりながら、ズブズブの謙譲語レトリックで耐えに耐えるというのは、過去の政治家には誰にもできなかったことです。

 更に言えば、今回の鳩山訪沖によって白日のもとにさらされたのは、本当は鳩山首相の無能ぶりではないのです。そうではなくて、戦後の長い間、とりわけ返還後38年の間に積み重ねられた在沖米軍の存在という「複雑さ」が明らかになったのです。事態が悪化したのではなく、これまでは強権や利権や無関心などによってフタをされていたものが、一気に噴き出してきたのだと言えるでしょう。そのフタを開けたこと、それも不用意に開けたことへの非難が大合唱になっていますが、問題の複雑さを作ったのは鳩山首相ではありません。複雑さへの困惑と、答えの無い苛立ちをこの人の良さそうな政治家にぶつけているだけ、冷静に考えればそのような側面もあるように思います。

 もう一つ、今回の発言の中で「抑止力」ということをハッキリ言明した。しかも、これだけの非難の大合唱と衆人環視の中で言ってのけたというのは評価しても良いのではないかと思います。というのは、正にこの「抑止力」というのが、沖縄問題の、とりわけ米軍基地の存在理由として、鍵になる問題だからです。以降はこの「在沖米軍の抑止力」とは何かということを議論したいと思います。

 そもそも、抑止力というのは、何を抑止するためのものなのでしょうか? 漠然と、抑止力とは「戦火を交えた際の対抗能力」のように思われることが多いと思います。その延長で、そもそも戦争は悪であり、兵器も悪であり、攻撃されたら非暴力抵抗か一旦避難をすれば良いという立場からは、抑止力ということイコール反撃や報復の準備という「悪」として考慮から外す傾向があるように思います。ですが、この考え方は違うと思います。反撃や報復といった軍事能力だけが抑止力ではないのです。抑止という効果そのものは外交的効果、もっと具体的には相手国世論と指導者への心理的効果が主だと思います。

 そう申し上げると、ソフトパワーや経済交流で紛争回避をすれば良いではないかという声も聞こえてきそうです。ですが、実際に東シナ海周辺には軍事力が配置されており、ソフトパワーだけで平和が保たれるというのは非現実的です。ですから、厳密に言えば、外交や世論の心理ゲームを戦って、熱い戦争を未然に防ぐ、その道具の一つとして物理的な軍事力も計算する、在沖米軍の抑止力とはそういう性格のものだと思います。

 では、一体何を抑止するのでしょうか?

 まず第一は、中台のトラブルを防止するという効果です。台湾は、徐々に大陸と経済の一体化が進んでいます。つい数年前まではムリといわれていた、台湾と大陸の直行便はアッという間にものすごい数になりました。もしかすると、台湾海峡の緊張は、ある日突然に雲散霧消するかもしれません。ですが、そう簡単には行かないという可能性もあります。今現在は、台湾で独立の気運が高まることはないと思われますが、例えば中国がチベットやウイグル、香港(ここも可能性は薄いですが)などで深刻なトラブルを起こした場合は、台湾側の大陸への思いが冷めることもあり得ます。その場合はお互いにどんどん心理的な距離が離れる可能性もゼロではありません。

 そんな中、仮に中国の国内政治が不安定になった場合などに、北京の政治家が、あるいは軍部が台湾への実力行使を行うという政治的カードを切ることも可能性がゼロではありません。その際に、いきなりミサイルを打ち込んで大量殺戮を行うようなことはしないでしょう。代わりに考えられるのが、上陸作戦です。そうした危機を回避するためにも、中国が作戦を決意しないように、在沖米軍が存在する、その抑止効果は現時点では必要だと思います。

 実際は、台湾海峡に空母「ジョージ・ワシントン」を展開するだけで良いではないかという議論もあります。ですが、万が一、中台海峡緊張の場合に、本当に空母を派遣できるのでしょうか? 例えば、1996年に初の総統直接民選に際して、中国がミサイル演習を行い、これに対して米第七艦隊が空母を派遣するという事件がありました。ですが、あの時と現在では、中国軍の電子武装や航空機の能力は全く違います。米中の経済力格差も、政治的な発言権の差も全く異なる状況です。

 軍事的というよりも政治的に問題を拡大するだけの空母派遣よりも、台湾の遥か後方であり、同時に即応体制の取れる沖縄に米軍を位置しておくというのは、やはり中台紛争抑止の一つの駒として必要なのだと思います。

 中台紛争抑止といえば、聞こえが良いのですが、そこで米国が軍事プレゼンスを押し出しすぎると、今度は米中の問題が発生します。ここに、在沖米軍の抑止力の第二の意味合い、つまり米中のトラブルを抑止するという効果があります。米中は冷戦的な対立にあるのでしょうか? この点に関しては、ノーでもあり、イエスでもあるとしか言えません。米国経済と中国経済は、貿易を通じた実経済でも、国債引き受けと通貨管理というキャッシュフローの問題でも、相互に補完しあう関係です。

 ですが、政治思想の点では相容れない両極に位置しているのも事実です。また、台湾問題だけでなく、西太平洋や南シナ海での制海権、あるいは深海での潜水艦の活動の自由確保という問題でも、徐々に対立は始まっています。そのような中、米中は現時点では相互に仮想敵ではありませんが、将来的に仮想敵としての対立エネルギーを高め、何らかの軍事的なトラブルを起こす可能性はゼロではありません。その際に、例えば米軍が台湾に駐留していたり、完全な米国領にだけ駐留していたりするのでは、米中の直接接触となる可能性が高くなります。

 米軍が日本という第三国の沖縄にプレゼンスを持っていることは、距離的な問題から、そうした直接の接触の可能性を減らしているだけではありません。仮に中国がこの地域の米軍と対決するとなれば、日本との関係も決定的に壊れるという覚悟が必要になります。一方で、米国が万が一先制しようとした場合も、沖縄とは無関係の作戦を取ることは難しいでしょう。従って必然的に日本を巻き込むことになります。これにより、自由度は下がります。結果的に、日本を巻き込むことの政治的、経済的ダメージを考えることで、米中の対決を抑止しているということは言えると思います。

 勿論、このことは裏返せば米中の紛争に自動的に日本が巻き込まれる危険性という見方もできます。ですが、日本が巻き込まれる危険性を負っていることで、米中が直接対決するリスクは下がっているという面も無視できないと思うのです。勿論、そのような複雑な相互関係を持つ事自体がリスクであり、全体的な緊張緩和こそ善だというのは正論です。ですが、その善なる状態へと移行する変化にあたっても、バランスを崩さずに、抑止という機能を保ったままの変化でなくてはならないのだと思います。

 日本ということで言えば、日中が直接的に何らかの紛争を引き起こすリスクも、米軍のプレゼンスによって抑止されていると思います。単純に言えば、中国は日本に先制攻撃や悪質な領土侵犯を行えば、米国による反撃を覚悟しなくてはなりません。また、日本は日本で、勝手に中国にケンカを売ったり、買ったりすることはできないのです。

 この地域の軍事外交を考える上で日本はどうしても特殊性を持っています。というのは、残念ながら日本の「国体」が過去に中国を侵略した当時との形式的な一貫性を持つことから、どうしても日本の軍事プレゼンスは中国から見て「悪玉」になってしまうという点です。現在の日本は、戦後の平和国家としての努力の実績により、どう考えても「国のかたち=国体」は浄化されていると考えるべきですし、中国に対してもそのような姿勢で胸を張るべきだと思います。ですが、イザ、軍事的なにらみ合いということになれば、どうしても中国側としては「悪玉の日本軍国主義に復讐するチャンス」として士気を高めてしまう効果はあると思います。その危険性は、どうしても否定できませんし、だからこそ在沖米軍の存在意義はあるのだと思います。

 在沖米軍は、本土と沖縄のトラブルを抑止しているという側面もあります。仮に米軍のプレゼンスが大きく減って、その穴を本土からやってきた自衛隊が埋めるとしたらどうでしょう? 米国の占領時を通じて、沖縄の世論は一貫して日本への復帰を主張し続けました。その沖縄に自衛隊が本格的に駐留するならば、沖縄の人々は歓迎するでしょうか? 米軍よりは好意を持って迎えるかもしれませんが、必ずしも永遠の蜜月とは行かないと思います。仮にでも、沖縄戦の当時に起きた悲劇に対する本土側の見方と、沖縄の心情のズレが自衛隊と沖縄世論のズレという形でシンクロしてしまうようなことになれば、同じ日本の中で軍事的に分裂が生じてしまいます。この点に関して言えば、米軍という「外国の悪者」が居座ることで、かえって丸く収まっている部分も否定出来ないように思うのです。

 在沖米軍の存在は、日台のトラブルも防止する効果があります。仮に南西諸島の防衛を日本の自衛隊が担う、とりわけ日本と台湾の国境である与那国島に自衛隊が国境警備的なプレゼンスを展開しているとします。そうなれば、日台は直接向きあうことになり、決して関係は良好にはならないでしょう。台湾における日本ブームなども終わってしまうのではないでしょうか。また、中国としては日本から台湾を防衛すると称して、台湾併合の口実を与えることにもなりかねません。在沖米軍を自衛隊に置き換えることは、そうした危険性をもたらすということは注意すべきだと思います。

 いずれにしても、この地域の「抑止力」というのは一筋縄では行きません。その難しさは、これまで申し上げた対立の可能性とその抑止の構図というのが、ほとんど全てが「ホンネ」の部分に属し、外交上は「ないことになっている対立」だという点にあります。そのために、国別の視点で全く見え方が異なってくることにもなりますし、イデオロギー的なバイアスの入り込む余地も十分にあるのです。その難しさそのものが問題だというのは簡単ですが、単純化を含む全ての変更は、やはりバランスを慎重に維持しながらということになるのだと思います。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT