海外レポート/エッセイ
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冷泉 彰彦(れいぜい あきひこ)   作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空気」「場の空気」
アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』。
最新作は『「上から目線」の時代 (講談社現代新書)』。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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第444回 「見捨てられた国、ハイチの悲劇」
配信日:2010-01-16
 まさか、ハイチを、しかも首都ポルトー・プリンスを大震災が襲うとは思いませんでした。「神も仏もあったものではない」正直言ってそうとしか思えないからです。イヤな言い方ですが「失敗国家(failed state)」の典型であるハイチ、貧しく不安定なこの国は、人災のために十分に不幸でした。そこへ天災が追い打ちをかけたのです。こんな悲劇は他にあるでしょうか?

 アメリカのメディアは最大限の扱いでこの問題を取り上げています。発生二日後の14日には、NBCはブライアン・ウィリアムス、ABCはダイアン・ソイヤー、CBSはケイティ・コリックと、それぞれの看板アンカーパーソンを現地に送り込んで、夕方のニュースはこの事件一色でした。CNNをはじめとするケーブル各局になると、ほとんど24時間体制です。犠牲者数5万人(首都エリアの人口250万人の2%に相当)と言われる規模もさることながら、道端に放置された遺体、そして治安の悪化、懸念される衛生状態、水、食料、燃料の圧倒的な不足と、胸の潰れるような映像が繰り返されています。

 最大の問題は、港湾施設がほぼ全壊してしまい、各国からの支援物資の受け入れは空路に頼るしかないという点です。ポルトープリンス空港の一本の滑走路が生命線、これではロジスティックスがどうにも成り立たないということで、米軍は原子力空母カールビンソンを急派し、空母からヘリを使って物資と兵員の輸送を始めました。その兵員に関しては、米陸軍が治安維持に相当の兵力を出すことになったようです。

 では、観光業と農業で多くの国が繁栄しているカリブ海地域において、どうしてこのハイチだけが極貧と混乱の歴史を繰り返してきたのでしょうか?同じイスパニョーラ島の東半分を占めるドミニカは、一人当たりGDPが8000ドルである一方で、山脈を境にこれと隣接するハイチは1000ドルをやっと越えた程度、この差はどうして生じたのでしょうか? そこには複雑な歴史がありますが、一言で言えばハイチというのは「見捨てられた」国なのです。見捨てられたというのは、まずフランスであり、アメリカであり、そして歴代のハイチの為政者にでした。

 ハイチが他のカリブ海諸国と異なるのは、この地域の多くの国がスペインの植民地から独立していて、スペイン語を使っているにも関わらず、ハイチは旧フランスの植民地であることからフランス語圏だということです。ただ、フランス語圏だから貧しいというのは語弊があります。この国の近くにあるマルティニークという島もフランス語圏(フランス本国の「海外県」)ですが、こちらは観光業と農業で栄えていますし、フランスとの経済の結びつきも強いのです。ハイチの問題は、フランスと喧嘩別れをして独立をしたことにありました。ナポレオン時代のフランスに対して抵抗を始め、19世紀初頭に独立を果たしたのですが、独立と引き換えに賠償金を課せられてその負担に苦しむなど、フランスとの関係は良好ではありませんでした。

 余りにも早期に、余りにも毅然と独立してしまったために、そして賠償金支払いの苦しみが続いたために、通常では新興国の経済基盤にプラスの寄与をすることの多い、宗主国の存在がプラスどころかマイナスになっていたのです。ハイチとは、まずもってフランスに見捨てられた国だということが言えます。勿論、それはハイチ人が選択したことなのですが、自分たちで選択してしまったために、他人に責任を転嫁することもできないわけで、こうなると自他に見捨てられたとしか言いようがありません。また、隣国ドミニカに関していえば、一旦はハイチが全島を制圧していた中から、スペイン系の東部住民が独立した経緯もあって、仲が悪いのです。今回の地震で被災者への無償の医療サービスを申し出ていることから、関係が改善する可能性もありますが、つい近年まで関係はダメでした。

 そのように貧しく、不安定なハイチに対して、何度も「ちょっかい」を出したのはアメリカです。アメリカは「カリブ海は自分の庭」だと豪語して、19世紀の末から帝国主義的な政策を取ってきましたが、とりわけこのハイチに関しては占領して軍政を引いてみたり、クーデターの背後で糸を引いたりと、色々なことをやってきました。動機は比較的単純で、カリブ海において、ハイチが不安定であることで、ここに「アメリカの宿敵」が触手を伸ばしてくるのを警戒したからです。その宿敵とは、かつてはナチスドイツであり、そしてソ連=キューバ陣営であり、近年ではキューバ=ベネズエラの反米連合でした。そうしたアメリカにとって「許せない敵」の影響力をこのハイチからどうやって排除するのか、それがアメリカのこの国に対するスタンスでした。セオドア・ルーズベルトの時代から、ジョージ・W・ブッシュに至るまで、この姿勢は見事に一貫していたのです。

 ハイチが優秀な指導者に恵まれなかったために、不幸な時代が続いたというのも事実です。ですが、それは歴代大統領の個人的資質の問題に帰せられるようなレベルではないのです。というのは、ハイチの指導者のストーリーには、似通ったパターンがあるからです。それはポピュリスト的な政策を掲げて貧困層の支持で当選した大統領が、就任すると国の経済が一部の富裕層の富に支えられているという厳然たる事実に直面してしまい、自らも富裕層の一員となることで強権政治に転じてしまうというパターンです。このパターンが繰り返されたということは、つまりこの国は自分たちの為政者にも見捨てられたということです。

 地震は、長い長い悲劇の果てに、ハイチが国際社会から忘れられそうになった中で起きました。大統領府の建物が倒壊し、政府機能もストップした中で、米国は大量の兵力を送ろうとしています。そこには人道支援という意味合いだけでなく、改めてこの地域でのアメリカのプレゼンスを誇示しようという意図も見え隠れしています。では、またアメリカの占領と軍政が繰り返され、為政者のクビがすげ替えられ、やがて政権が行き詰まって見捨てられるというパターンを踏むのでしょうか?その可能性も否定はできません。ですが、今度という今度は、支援を行う以上、アメリカは結果への責任が問われるように思います。

 オバマ大統領も、民間の基金を代表して援助の旗を振るビル・クリントン元大統領も、過去にアメリカがこのハイチという地で浴びせられてきた汚名を晴らすために必死になっています。クリントン氏の場合は、他でもないアリスティド元ハイチ大統領が公選で選ばれたのを政治的に支えようとして失敗した過去がありますから、今回こそは人道支援を成功させようと力が入っているようです。

 オバマ大統領にとっても、今回のハイチ救援に成功するかどうかは、政治的に重要です。米国の対外イメージを向上する、これは大統領が選挙戦の期間に、何度も繰り返したスローガンです。当時は、ブッシュ外交の悪イメージを批判するという文脈で言われたスローガンですが、このハイチのような事態にあたって、この公約を実現できるかは、大統領の支持率を大きく左右すると思います。このハイチ救援、そして復興支援が成功すれば、オバマ大統領は政権を担当して初めて「オバマらしい成果」という評価を得ることができるでしょう。逆に、ハイチの治安が回復せず、支援目的で派兵した米軍が流血に巻き込まれる中で「悪者」扱いされるようだと、全てが逆効果になります。一部には「ハイチはオバマの<カトリーナ>になる危険がある」という言い方もありますが、そのぐらいに大変な問題になってきました。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT