※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
平らな国デンマーク/子育ての現場から / 高田ケラー有子
高田ケラー有子(Yuko Takada Keller) 造形作家(デンマーク北シェーランド在住)
京都市立芸術大学大学院修了。日本在住時よりヨーロッパ、アメリカなどで作品を発表。1997年よりデンマーク在住。近年はデンマークを中心にヨーロッパ、日本で作家活動。キューレータとしても、日本のアーティストをデンマークに紹介している。
コミッションワークとして、岡山県早島町町民総合会館「ゆるびの舎」、兵庫県 看護協会に作品を手がけている。
著書に『
平らな国デンマーク〜「幸福度」世界一の社会から〜
』(NHK出版生活人新書)
Webサイト:
http://www.yukotakada.com/
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第36回 「デンマーク製品ボイコット運動 in イスラムワールド」
配信日:2006-01-31
この冬は暖冬かと思いきや、年末から大雪に見舞われたり、氷点下の日々が続き、我が家も雨漏りならぬ雪漏りとでも申しましょうか、屋根裏に瓦の隙間から吹き上げられた粉雪が入り込んで、どんどん積もり、それが溶け始めて廊下でポタポタ、リビングでポタポタ。あわてて屋根裏をのぞいてびっくり。バケツに山盛り12杯分もの雪が積もっておりまして、これじゃあ、ポタポタ落ちるのも無理ないわね、と夫とふたりでバケツリレーで書き出した次第でした。ついでに夏の間に作られたのであろうハチの巣も大小あわせて5つも撤去。息子には、「ニーセにリーセングロッ(ライスポリッジ)をあげなかったからだよ」と叱られてしまいました。クリスマスイブの日に、家の守り神で屋根裏に住みついているというニーセ(妖精)に、ライスポリッジをあげるのが、家内安全の印。それを昨年のクリスマスは、すっかり忘れていたのでした。息子の言う通りだな、と、時々は屋根裏を覗いておく意味でも、習慣や風習を軽んじてはいけないな、と思った雪漏り騒ぎでした。
さて、はじめに、前回のレポートで紹介したベトナムの難民少女Linhさんが、その後どうなったのか、気にかけていただいていた読者の方もあり、報告したいと思います。
前回のJMMレポートが配信されて間もなく、1月18日を待たずに、まず、議会オンブズマンによって、このケースの見直しが提案され、とりあえず、18日に帰国させられる、ということはなくなりました。その後、7月1日までという新たな期日が設けられ、帰国命令は延長され、それまでに何らかの方向性を見いだすという、明言こそしないが強制帰国だけが筋道ではないことを感じさせる結果が出ました。その間に、Linhさんの身元調査など、より詳しくするとともに、養子縁組の取り扱いなど、可能性の是非が探られるようです。Helsinge高校の生徒たちも、最悪のケースを免れることができ、胸をなでおろしていますが、まだ、永住権が与えられた訳ではないので、生徒たち自らLinhさんの問題を考えるためのホームページ<(http://redlinhnu.dk デンマーク語)を開設するなど、問題が風化しないようにと、生徒たちはLinhさんがとどまれるように活動を続けています。
Linhさんの養母は、今回の延期措置を受けて、感触がよかったのか、「いい方向に進むと思う」いうコメントをしています。おそらく、いままでの対応とは違い、なんらかのポジティブなリアクションがあったのであろうと、周囲も比較的落ち着いた目で今は静観しているところです。
次の期限もあるのでひとまずではありますが、Linhさんのことは、ほっとしたのですが、異文化理解といいますか、言論の自由をめぐって、最近毎日のようにニュースで話題になっているできごとがあります。結果的に起こっていることとして、デンマーク製品がイスラム諸国からボイコットされているのですが、その発端は昨年の9月に遡ります。
昨年9月30日、デンマークの大手新聞社Jyllands-Postenが掲載したProphetMohammedのイラストをめぐって、デンマーク在住のイスラム教グループのリーダーが、イスラム諸国へ尾ひれを付けてそれらのイラストを紹介し、それらのイラストがデンマーク国民の総意であり、すべてのデンマーク国民はモスリムを憎んでいるとして、デンマーク政府に謝罪とJyllands-Postenへの罰を求めたことが始まりでした。
そもそも、ことの始まりは、これらのイラストが掲載されるさらに前にあり、ある作家がデンマークの子どもたちにイスラム教の歴史を語る本の執筆をしていて、その本のためにProphet Mohammedの挿絵を求めたことに始まりました。Prophet Mohammedのイラストを描くことは、イスラム教徒の強い反発を買い(イスラム社会では禁じられている)、もしイラストを描くようなことがあったら殺すぞ、というような脅迫を受けたイラストレーターもあることから、挿絵を専門とするプロは、みなその作家の依頼を受けることができませんでした。
そのことを受けて、デンマークは自由に言いたいことが言える国、また、表現の自由が保障されている国なのだから、ということで、Jyllands-Posten が12名の漫画家に、この国では表現と言論の自由があるのだということを主張するために、Prophet Mohammedのイラストを依頼し、描かれた12枚のイラストを同紙に掲載したのでした。
その12枚のイラストですが、Prophet Mohammedを描く、というよりその漫画家たちの感性で捉えたイムラム教を象徴するものや、イラストを描けば殺すと脅しをかけた者へのアイロニー、また、本の著者への本の前宣伝に他ならないという皮肉としてのイラストが多かったように私は記憶していますが、なかには、敵意を感じるとされてもしかたのないものもあったと思います。個人の受け取り方にも違いがあるでしょうが、イスラム諸国の人々には許しがたいイラストもあったのだと思います。ただ、この国では、こうした表現の自由は許されており、何も法律に違反することはしていませんし、デンマーク人の目には、ユーモアたっぷりのジョークに過ぎないものが多かったと受け取っています。
覚えている限りのイラストの内容は、ひとつは、目の部分が黒く隠された(人物を特定しないようにするためのアイマスクのような黒帯)Prophet Mohammedらしき人物がナイフを手にし、その両脇に立つモスリム女性は、Burkhaの隙間から目の部分だけが空いていておびえるような目だけが見える、というイラストで、もう1枚は、デンマークの政治家やブッダにキリストなどがターバンを巻いて皮肉的に描かれているもの、そしてもう1枚は、Prophet Mohammedの頭に巻かれたターバンの中に爆発物が仕掛けれているイラストで、これは自爆テロを象徴するものでした。その他、イスラムを象徴する三日月に沿うように顔が描かれ、片目が☆になっているイラストや、自爆テロをしても天国に処女はいないからもうやめなさい、とユーモアを含めて描いたものなど、なかにはそれほどひどいと思えないものもありましたが、モスリムの感情を逆撫でるようなイラストがなかったとは言いきれません。
ただ、それでも表現としてのこうしたイラストを公表することが許されている国で、どこをどう違法だとするのか、また、どう受け取ったかは別として、それがデンマーク国民の総意やモスリムに対する敵意でないことは明らかなのです。ジョーク好きのデンマーク人には、おそらく全く理解できない言いがかり、ということにもなるのでしょう。他にも12枚のうちの1枚が、オークションにかけられ、800クローネ(約1万6千円)で落札されたものがありますが、それを描いた漫画家はたった800クローネではありますが、カシミール地震の災害援助資金として寄付したそうです。このイラストは、殺すと脅したモスリムを諭すイラストであり、少なくとも悪意があるものとは思えませんでした。
この国の首相も同じようにおもしろおかしいイラストに仕立て上げられることは、日常茶飯事ですが、そんなことでいちいち目くじらをたてるものなどいないのが、この国の「常識」です。でも「常識」とは難しいもので、誰を基準にするかで、常識の中身は変わってきます。イスラム諸国の人々にとっては、Prophet Mohammedをイラストにすることそのものが禁じられているのですから、それを平気でやってのけるデンマーク人を憎む感情が生まれてもしかたないのかもしれませんが、言論の自由がある国で行われたことに異議申し立てることはできず、それがためにデンマーク国民全てがモスリムに敵意をいだいているとして、デンマークの国旗ダナボーを燃やしている光景は、やはり見るに余りあるものがあります。
偶像崇拝を否定し、かつて多くの仏教遺跡をことごとく破壊したり、壁画を塗りつぶして行った光景が蘇りますが、何世紀も昔の心理と現在の彼らの心理は今も変わらないのでしょうか。シルクロードでその光景を目の当たりにし、イスラム教徒の強い信念とパワーに驚かされましたが、そのパワーは、海を越えることなくシルクロードの終着点である日本には届きませんでした。そのこともあってか、日本でのイスラム教やイスラム社会に対する意識は、かなり希薄なようにも思います。
その点で言えば、デンマークは、イスラム諸国からの多くの移民や難民を抱え(正確ではありませんが約7万5千人)、この国の永住権を得たモスリムたちとの交流もしています。個人的なつながりがなくても、学校に行けばクラスメートにモスリムは必ずいるし、町へ出れば、モスリムの経営する生鮮食品店で買い物もします。また食文化としてはシャワラマと呼ばれる彼らの作るケバブサンドを好んで食べます。今やデンマークのファーストフードのひとつとして、欠かせないものとして、定着しているとさえ感じています。モスリムを毛嫌いしている国民が、そんなふうに彼らを受けいれるでしょうか。考えてみればすぐにわかることです。
イラストの件で、国に対して訴えられても、デンマークという国は、新聞社のしたことは違法ではないし、政府の関わることではないと、はっきりと拒否していることが、またイスラム諸国からの反発を買っています。政府は訴えたいなら、新聞社を直接訴えなさいとし、実際そのようにしたようですが、もちろん裁判所の相手にもされず、この国で、イラストの掲載行為を罰することはどうにもできないと言う事実を、彼らは受け入れることができないようです。
異文化には異文化のやり方がある。自分たちの文化を大切にし、踏襲することと、異文化の中で暮らしながら、自分たちの文化を強要することは全く意味が違うということが、彼らには理解できないようです。それでも、全てのイスラム教徒が同じような意見を持っているのではなく、デンマークに在住するごく一部のイスラム教徒が、イスラム諸国へこのイラストを憎しみとともに紹介したことから、問題が大きくなっており、多くの在住イスラム教徒は、「郷に入れば郷に従え」の精神を理解しています。この国の中で新しく組織しているモダンなモスリムたちは、デンマーク流を受け入れ、こうしたことはデンマークでは許されることなのだと、割り切って理解しています。
そもそも、デンマークがいったいどれだけの移民や難民たちをイスラム諸国から受け入れているのか、ということを考えてみれば、受け入れてくれた国の流儀で生きて行くことを納得しているモスリムたちが多いことに安心感を覚えますし、またそうするべきでしょう。前回も書いたように、そうした外国人への風当たりは強くなりつつあり、受け入れ体制としては厳しくなって来ているものの、受け入れた人々を追い出すことをせず、寛容にケアーしてきた経緯を忘れて、こうした批判だけを浴びせるのは、いかがなものかと思わざるを得ません。
夫が言うには、デンマークの国民全てがイスラム諸国を憎んでいると受け取られていることや、そもそも12枚だったイラストに、もっとひどいProphet Mohammedのイラストを追加して、それも Jyllands-Postenがしたことかのように(これらのようなイラストが掲載されたとしている)、不正確な情報を流していることに、憤りを禁じ得ないようです。もっとひどいそのイラストを誰が付け足したのか、そのイラストを入手した Ekstra Bladetという別の新聞社は、イスラム教グループのスポークスマンに、そのイラストをデンマーク人から受け取ったというモスリムに対してインタビューを申し込みましたが、それが誰であるなど一切の回答を拒否されました。こうなれば、同じ土壌で話ができるとは考えにくく、デンマークの国民感情が、どうぞどうぞなんでもボイコットすればいいじゃない、と開き直りたくなる気持ちも分かります。
そのひどいイラストはProphet Mohammedが豚の鼻をつけていたり、他のモスリムが犬にレイプされているというようなイラストで、いくらなんでもそんなイラストがJyllands-Postenに掲載されたわけではないのです。ですが、それがいっしょくたになって、イスラム諸国では「これこそがデンマーク全国民の我々に対する通常の態度だ」としているのですから、嘆かわしく困ったものです。また、Jyllands-Posten は新聞社としての謝罪は既にしているのです。掲載したことに対してではなく、掲載したものによって、不快に感じられたこと、感情を逆撫でしたことに対しての謝罪はしています。でも言論の自由という意味で、Prophet Mohammedのイラストを掲載したことが間違いであったとは認めていません。そのあたりで、イスラム諸国では、この国のルールでは罰せられないのなら、自分たちがデンマークをボイコットするしかない、ということになっているようです。
大きな波紋がイスラム諸国で広がる中、特にサウジアラビアでのデンマーク不人気が大々的になっているようなのですが、なんだかサウジアラビアが、国民の不満の矛先をデンマークに向けようとしているだけなんじゃないのと、言う人もあるくらいです。またパキスタンでは、Jamaat-e-Islami という政党が、12人の漫画家のうち、1人を殺せば50000kr(約100万円)の報奨金を出す、と公表したそうですが、パキスタン政府がそれを認める訳はなく、政府からの追究に対して、そうした公表はしていないと、態度を変えているようです。この政党は、在パキスタンのデンマーク人全てを追放するとして、外交官までも追い出す勢いだったようですが、デンマークの外交官はそうした脅しにも屈することなく、またパキスタン政府がこれを阻止しています。少なくとも当分の間、デンマーク人はイスラム諸国への渡航はやめた方がいいようです。
でも、デンマーク人も頑固ですから、ボイコットされるからといって、自分たちの主張を曲げたりはしません。また、そこを曲げてしまって、政府がボイコットを恐れて謝罪したとすれば、言論の自由が根本から崩れ、それこそ経済的テロに屈服することになるとして、政府は、政府が謝罪する理由はないとして今後も謝罪しないつもりです。実際ボイコットの被害業者からは謝罪するようにという要望も出されたようですが、きっぱりと経済的テロには屈しないとしたようです。ただ、関連業者にとっては深刻な問題であり、今後の動向が見守られています。
それを受けて、イスラム諸国では国連に異議申し立て、非道極まりないデンマークに罰を与えるよう要求するそうです。こうした、ため息しか出ない、話し合いにならない話が、デンマークとイスラム諸国の間で起こっているのですが(精神的な戦争状態です)、最初は乳製品を買わない、って話程度に受け取っていたのですが、だんだんエスカレートして、ほとんど何でもかんでもとにかくデンマークと名のつくものは全て買わないそうで、中にはそれってドイツ製じゃないの? なんて製品も入っていたり、乳製品だと言うだけでニュージランドからの製品までもボイコットしているようで、とばっちりを食う業者もあるようです。デンマークの代表選手、レゴやノボの製品も買わないとか。子どもの夢を奪って、糖尿病の患者から薬を奪うことになっても、また罪のない人間までも憎むだけ憎んで、イスラムの人々は幸せなのでしょうか。
イスラムの人々にとって、デンマークの自由を主張する態度は、信じられないことで、また許しがたいことなのでしょうが、そもそも国連が関与するほどの問題だったのかどうか、12枚のイラストを巡って、イスラム社会の怒りが煮えたぎっていることは確かなようです。両者の歩み寄りが望めない今、ここは大人の国デンマークから、頑固さを解きほどいて、謝罪という形でなくても、言論の自由の中にも宗教的配慮を今後は試みるなど、提示してもいいのかな、と言う気もしますが、それでは言論の自由が保障されないことになる、とやっぱり頑なです。ダナボーが焼かれる映像が流れる中で、争いごとの中にいるのは、私のような外国人であっても心地よくありません。二つの異文化がぶつかり合う中で、どう歩み寄れるのでしょうか。
今、このレポートを書いている間にも、ニュースが入ってきましたが、今日(30日)、デンマークのイスラム諸国の在外大使が一同に集まり、この問題にどう対処するか会議を持っています。その中で、すでにリビアは大使館を閉鎖し、シリア、サウジアラビアが大使を本国へ呼び戻し、この問題への対応を協議すること決めました。エジプトの女性大使は閉鎖など望んでいない口ぶりではあるのですが、本国への帰国は余儀なくされるのではないか、としています。ニュースを読み上げる女性アナウンサーの表情には哀しみが感じられ、どうしてここまで大きな問題になってしまったのかと、私も哀しいです。
移住して来ているほとんどのモスリムたちが、デンマーク式を受け入れていることからしても、イスラム諸国の人々が、より多く留学経験や異文化体験をするようになったり、また在外のモスリムたちが、今回のような問題を解決する糸口をもって祖国と接し、国際理解が深まることを願いたいものです。そしてそれは、モスリムにだけ言えることではなく、異文化理解に関しては、国際社会全体の課題でもあると思います。
今回のことがきっかけで、デンマークではさらなる締め付けや、外国人に対する風当たりが強くならないことを切に祈って、また、新たなテロ行為を触発させたり、その標的にならないように、イスラムの人々の心の平和を願ってやみません。
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