海外レポート/エッセイ
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高田ケラー有子(Yuko Takada Keller)   造形作家(デンマーク北シェーランド在住)
京都市立芸術大学大学院修了。日本在住時よりヨーロッパ、アメリカなどで作品を発表。1997年よりデンマーク在住。近年はデンマークを中心にヨーロッパ、日本で作家活動。キューレータとしても、日本のアーティストをデンマークに紹介している。
コミッションワークとして、岡山県早島町町民総合会館「ゆるびの舎」、兵庫県 看護協会に作品を手がけている。
著書に『平らな国デンマーク〜「幸福度」世界一の社会から〜』(NHK出版生活人新書)
Webサイト:http://www.yukotakada.com/
第18回 「自由気ままな幼稚園」
配信日:2004-11-04
 10月最後の日曜未明、冬時間に変わり、暗くなるのが一気に早くなってしまいました。この暗さを感じると、「あ〜もうあとは冬一直線なんだ」と思います。寒い事より暗い事の方が、長い冬を過ごして行く上で克服したい事柄でもあります。日曜の朝は家中の時計を1時間戻しましたが、時計の針をどっちに動かすのか、いつも混乱してしまいます。私はいつも日本との時差で計算していますが、時計合わせだけはいつまでたっても慣れません。暗い冬はもうすぐそこまで来ていますが、同時にクリスマスへの期待感がそろそろ動き始める季節でもあります。

 さて、これまでにも、折に触れて幼稚園の話題は書いてまいりましたが、幼稚園だけに集中して詳しく書いたことはなかったので、今回は息子の通っていた公立の幼稚園の様子を中心に書いてみたいと思います。以前に書いたことと多少重複する内容も含まれますが、幼稚園の全体像ということでまとめてみます。デンマークの幼稚園はそのほとんどが公立です。幼稚園にいく子供の数は、対象年齢幼児の94%で、そのうちの1%が私立幼稚園に行くとういうことで、その数がいかに少ないかよくわかります。その他に以前に紹介しました森の幼稚園やバス幼稚園なるものもあります。かかる費用は、住んでいる地方自治体によって違いがありますが、息子の幼稚園の場合で月額3万円強、といったところでした。

 デンマークでは、子供が3歳のお誕生日を迎える1〜2ヶ月前からお誕生月にかけて、幼稚園に通い始めます。つまり、日本のように4月に入園式があって、一斉に同じことを始めるのではなく、満3歳、という年齢に焦点をあてて、その時点から幼稚園に通い始めるのです。従って入園に際する特別な式もありません。

 息子の場合は、2歳11ヶ月から幼稚園に通い始めましたが、ひとクラス20人程度のところに、まあいわば新人として入るわけですが、既にいる子供たちはそれが当たり前のことですから、違和感なく受け入れ、むしろ先輩ぶっていろいろと教えてくれたり、女の子の中には世話好きのお姉さんタイプがどこにでもいるもので、そういう子たちが初めての幼稚園生活を助けてくれているようでした。

 その時点で息子はまだおむつがとれておりませんでしたので(デンマークでは幼稚園に入った時点、つまり満3歳でおむつの取れている子供はせいぜい40%という感じです)、おむつも持参して通い始めました。幼稚園のトイレは各教室の中にあって、どちらかというと家の中にあるトイレのような感覚にも関わらず、かなり広いスペースを取ってあるので、普通に便器を使ってトイレができる先輩たちの姿も見つつ、イメージトレーニングも自然にできていったようで、入園後間もなくおむつを外すことができました。たいていの子供たちが息子と似たような感じ(もちろん個人差はありますが)、あるいはもう少し遅いくらいなのですが、日本と違うのは、あまり早い段階からトレーニングのようなことをしないことです。早くおむつを外せることが重要なのではなく、遅くても子供の意志を尊重してやることが大事なのだということを、親がトレーニングされている、という感じでもありました。できるようになるのを待ってやる、というのは親の我慢のしどころ、というところでもありますが、何につけても子供が自然に学ぶことを大切にしているように思います。

 クラス編成は年齢別ではなく3歳から5歳児が同じクラスになっており、年長さん(5〜6歳児)だけは別のクラスになりますが、あとは年齢に幅のあるクラスとして、小さい子の面倒を大きい子がみたりするなかで、本当に自由きままにその時間を過ごしているようです。幼稚園初日は、親も付き添うということで、一緒に過ごしたのですが、最初に驚いたのは、まだお弁当の時間ではないのに、冷蔵庫から自分のお弁当箱を引っ張りだして来て、勝手に食べている子供がいることでした。きっと私の目が点になっていたのでしょうが、保育師が「お腹がすいたら好きな時に食べさせています」と説明してくれ、まばたきしなばら「そうですかあ」と答えたことが、今でも新鮮に蘇ります。

 もちろん、皆で一緒にお弁当を食べる時間は当然のことながらあるわけですが、そのときまでにもし食べきってしまっていたら、それはその子供の責任である、という考え方で、実際にはおやつ感覚でちょっとつまみ食いする感じなので、お弁当の時間はお弁当の時間で、みなでいっしょにちゃんと食べているようでした。園児の中には、朝早くから来ている子もいるので、そういう園児たちがお弁当の時間まで待てないのは、自然なことと言えるでしょう。お弁当ひとつをとっても、子供たちの自由意志で、自分のすることを決めさせるということに、たった3歳であっても自主性を持たせるという意味で、新鮮な驚きがありました。もちろん、自由とわがままをはき違えてもらうと困るのですが。

 朝早くから来ている、と書きましたが、幼稚園の開園時間は住んでいる地域や個々の幼稚園によっても違いがありますが、息子の幼稚園では朝6時から夕方の6時まで開いており、その間の任意の時間帯に子供を預け、親の仕事の都合によって、行く時間も帰る時間もさまざまです。朝が非常に早い場合には、朝食を幼稚園で食べさせてくれるように申し込むこともできるようになっています。12時間預けている親はいませんが、それぞれのライフスタイルに合わせた形で、送迎の時間に柔軟性があるので、親としては大変助かります。送迎の親の役割分担を見ていても、例えば朝はお父さんが送って来て、夕方はお母さんが迎えに来るというように、私の見る限りちょうど半々くらいの割合で、両親がうまくその役割を分担していたように思います。平均的には朝9時から午後4時くらいの間、幼稚園で過ごす園児が多かったようです。

 幼稚園での過ごし方は、3〜5歳児クラスはほんとうに自由気まま。やりたいことをやりたい時にやりたいようにさせている、という印象で、外遊びも思いっきりさせます。基本的に悪天候でない限り、毎日外で遊ぶことが基本で、息子の幼稚園は特に外遊びの環境としてはとてもいい環境にありました。ちょっと小高い丘になっている林や、芝生の山、コンクリートの三輪車などの遊び場、砂場はもちろん、さまざまな遊具など、ちょっとしたフィールドアスレチックのようで、子供たちは毎日、ほとんど野放し状態で外遊びを楽しんでいます。3〜4歳児あたりではまだまだお昼寝の必要な子供もいるので、もちろんお昼寝の時間も設定されていますが、全員するのではなく、必要な子供だけが一部屋に集まってお昼寝するという感じで、パジャマに着替えたりもしません。息子はお昼寝が嫌いで、3歳の入園当初から一度もお昼寝に参加したことがありませんでしたが、それぞれの子供の自由意志で、疲れていてお昼寝したい時にはする、というやりかたで対応しているようでした。

 もちろんそんな中でも、本を読み聞かせる時間などは、意識的に取っておられるようでしたが、日常的には、本を読んで欲しい子供がいたら一人の先生の周りにそういう子供が集まってお話を聞いていたり、その傍らでは、別の先生と他の子供たちがゲームをしていたり、外ではまた別の先生がいっしょに外遊びをしていたり、というような自由な活動をしています。保育師一人当たりの園児数で言うと、息子の幼稚園では6人というのが平均的な数字で、20人のクラスにたいてい3〜4人の保育師がついている、という感じでした。

 5〜6歳児のいる年長さんクラスになると、基本は自由きままですが、1日に1度は先生のお話を聞く時間が設けられ、徐々に来年は学校に行くのだ、という意識を芽生えさせます。でも、だからといって、アルファベットを覚えさせるわけでもなく、ただ、人の話を集中して聞く時間を少しづつ増やして行く、という感じです。

 以前にも書きましたが、毎週小遠足があるのも、デンマークの幼稚園(個々の幼稚園や住んでいる地域によって違いはあります)の特徴だと思うのですが、週に1度は近隣の森にでかけたり、海辺の散歩など自然に触れる機会を多く取っています。また、文化的な活動もあり、回数は少ないですが年に数回、演劇鑑賞や映画鑑賞、美術展の鑑賞などもこの小遠足の日に行われることがあります。日本の遠足のように大型バスを手配して、というような規模の大きな遠足ではなく、クラス単位の遠足なので、基本的に非常にフレキシブルにこの小遠足の日を考えているようです。多少の雨なら決行することがほとんどですが、お天気次第では電車で近隣の少し大きな町のショッピングセンターに出かけたり、柔軟に対応できるところが、子供たちの期待感をそぐことがなくていい、というところです。

 このクラス単位での遠足は、各クラスで曜日が異なっているため、もし時間に遅れたり1日がかりのツアーには時間的に参加できない事情のある園児は、他のクラスといっしょにその日は幼稚園で過ごすというように、親への対応も柔軟性があります。日常的にクラス意識はあっても相互にクラス間を移動し合っていることも好影響して、問題なく過ごしているです。

 幼稚園の建物の構造的には、ひとつの大きな家、というような意識があり、中央は誰でも使えるスペースとしてリビングルームのような設定になっており、その傍らにキッチンスペースがあり、時には園児たちもパンを焼いたりクッキーを焼いたりします。各教室はそのリビングルームを取り囲むように配置されていて、それぞれにメインル−ムと「枕の部屋」そしてトイレが配置されています。この「枕の部屋」、どこの国でも子供たちは枕投げが大好きなのです。そして、デンマークのさまざまな保育施設には、この「枕の部屋」、あるいは類似したコーナーがたいてい用意されています。枕投げが目的というより、むしろ落ち着くための部屋、という設定なのだと思うのですが、少し狭い空間をあえて作り、そのなかに大きなクッションや小さな枕など、柔らかい感触のものを豊富に置いて、その中で子供たちが寝そべったり、飛び跳ねたり、体が望むままに利用している姿は、ほんとうにうらやましいくらいです。たまに、一人になりたい園児が、そこで枕に埋もれて泣いていたり、それもまた、微笑ましい光景だったりします。そんな大きな家のなかで、自由に動き回る園児たちを見ていると、子供が子供らしく輝いているとつくづく思います。

 息子の幼稚園は、比較的大きな幼稚園で、3〜5歳児クラスがふたつと年長さんクラスがひとつ、それにボーゲストゥと呼ばれる3歳児以下の乳児クラスがひとつありましたが、合計4つのクラスがこのリビングルームの周りに配置されていた訳です。時々、迎えに行くのが遅くなったりすると、残っている子供たちが一カ所に集まっていたり、また早い時間に迎えに行くと、どこにいるのか探すのが結構大変だったり、なかなかユニークな幼稚園でした。

 月に一度は「食事の日」というものが設定されており、その日はお弁当を持たずに登園し、先生といっしょにお昼ご飯を作るところから始め、みなでいっしょに作った食事を食べるというもので、人参の皮むきなど、できることは園児たちにも積極的にさせています。包丁なども使わせていますし、家庭ではなかなかしないことも園児たちは楽しんでやっているようで、またみんなで一緒に作る食事はおいしいらしく、普段食べず嫌いで口にしないものも、自分が一緒に作った、ということで口にできるようになる子供もいるようです。

 この「食事の日」には、まず買い物からいっしょにすることも多く、数人の園児を毎月交代で連れてでかけ、その日に必要なものをスーパーで買い物してから、食事作りに入るようです。もちろん後片付けもみなでいっしょにするので、こうした一連の作業を通じて、さまざまなことを学ばせようという意識が伺えます。

 年間に行われる行事としては、一番大きなイベントはクリスマスアレンジメントだと思います。毎年、12月初旬の日曜日、朝10時くらいから園児とその家族(両親だけでなく祖父母や兄弟も)が集まり、クリスマスオーナメントの星やハートを作ったり、ろうそくを立てるためのデコレーションや、オレンジの飾り(オレンジに木の実をさしてリボンをかけるもの)、その他、作りたいものはなんでも自分たちで作ります。庭では大きなツリーを囲んでみんなで大きな輪を作り、クリスマスの歌をメドレーで歌いながら手をつないで踊ります。サンタクロースももちろんいっしょにダンスを楽しみ、そのあと子供たちにはサンタクロースからキャンディーバッグが配られます。寒い最中、外でのダンスを楽しんだあと、大人たちはグルックと呼ばれる赤ワインに松の実やアーモンドと香辛料を入れて暖めたものをたっぷり楽しみます。エーブルスキュアと呼ばれるだんごドーナツと一緒に食べるのが習慣で、粉砂糖とジャムをたっぷりつけていただきます。午後のひとときを大人も子供もみないっしょになって、作って歌って踊って食べて飲んで、そしておしゃべりに興じます。むしろ、大人の方が必死になってオーナメントなど作っている光景が各教室に展開され、みていておもしろくらい子供をほったらかしにして、制作に集中している大人の姿があります。

 夏にも、夏祭りのような設定で、ゲームやBBQをいっしょにする企画などあるのですが、子供だけでなく家族もいっしょになって、他の園児や園児の家族たちと交流できる機会が、年に数回もたれることは、親の幼稚園に対する信頼感と関心を深め、また子供たちにとっても、夜遅くまで幼稚園で他の園児たちと一緒に遊べるというのは、かなりスペシャルな匂いがして楽しいようでした。

 子供たちだけの行事としては、年に1度、5月初旬になると、幼稚園全体で2泊3日のキャンプに出かけることが最大のイベントです。3歳のときからもちろん参加している訳ですが、寂しくなるのは親の方で、子供たちはたいていが問題なくこの3日間をキャンプ場の小屋で過ごします。デンマークにはこういった施設が豊富に存在していますし、特に私たちが住んでいる周辺には数多くのキャンプ場があり、いざとなればすぐに迎えに行ける範囲でのキャンプですし、安心して参加させています。キャンプの最終日には直接キャンプ場に自家製のケーキやクッキーなどを持参して迎えに行き、ここでもまた迎えに来た保護者たちと保育師、園児たちがお茶の時間をともにします。とにかく、保護者も含めて楽しむことが第一前提、という雰囲気がどんな場合にも感じられました。

 こうして3年以上の歳月をこの幼稚園で過ごした息子は、6月いっぱいで幼稚園をおしまいにしました。入園式だけでなく卒園式なるものもありませんし、夏休みも特定の期間を設定されていないので、いつまで幼稚園に通わせるかは親の都合で決められます。通常カレンダーの祝日以外は、休暇は園児の保護者がそれぞれに設定するので、園児は親の都合に合わせて休暇を取ります。前もって保育師たちと調整を計り、多くの園児が休暇を取る期間は保育師たちの数も減る、というように園側がシフト体制を組んでくれます。学校は8月から始まるので、それに合わせて、年長さんたちはそれぞれがそれぞれの都合に合わせて卒園して行くわけです。

 入園式も卒園式もないのはある意味で無駄がなくていいのですが、無駄がないと言えば、デンマークの公立の保育機関では、制服なるものは体操服も含めて一切ありません。各自が自由な服装で過ごします。鞄や靴ももちろん自由です。無駄がなく合理的である反面、新しい制服に袖を通す喜びとか、式を迎えるワクワク感とか、そうした感情を全く味わう事がないというのは、少々寂しい気もしないではないです。しかしながら、そうした習慣がないのですから、それを寂しいと感じようもない、というのは当然のことかもしれません。

 デンマークの幼稚園が日本の幼稚園と大きく違う点は、運動会や学芸会のようなものが一切ないので、みんなでいっしょに何かを練習してそれを披露する、というようなことがないことだと思います。自由気ままで子供らしい反面、協調性という意味では、デンマークの幼稚園では皆無に近いといっていいほど、学ぶ点が少ないように思います。しかしながら競争心を育てられる、ということも皆無なので、徒競走のように子供に順位をつけることもありません。どちらがいいかは別にして、幼稚園はまるで国民性の違いの縮図のようで、観察すればするほど興味深いものがあります。『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』(ロバート・フルガム著)というのがありますが、それぞれの国の幼稚園の砂場で、その国らしさも保ちながら、学べる事が多くあることに変わりはないと思います。

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人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』R・フルガム著/河出文庫
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村上龍RYU'S CUBAN NIGHT