※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
平らな国デンマーク/子育ての現場から / 高田ケラー有子
高田ケラー有子(Yuko Takada Keller) 造形作家(デンマーク北シェーランド在住)
京都市立芸術大学大学院修了。日本在住時よりヨーロッパ、アメリカなどで作品を発表。1997年よりデンマーク在住。近年はデンマークを中心にヨーロッパ、日本で作家活動。キューレータとしても、日本のアーティストをデンマークに紹介している。
コミッションワークとして、岡山県早島町町民総合会館「ゆるびの舎」、兵庫県 看護協会に作品を手がけている。
著書に『
平らな国デンマーク〜「幸福度」世界一の社会から〜
』(NHK出版生活人新書)
Webサイト:
http://www.yukotakada.com/
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第17回 「妊娠から出産まで」
配信日:2004-10-21
これまで子育ての現状などをいろいろと書いてきましたが、ここで妊娠から出産までのお話を書いてみたいと思います。私は39歳でこの国に移住して来たのですが、初めての妊娠というおまけつきで新しい生活が始まりました。私にとっては、もうすでに7年の歳月が過ぎてしまったのですが、現状もふまえつつ、私の経験も重ねながらそのシステムなど紹介してみます。
まずデンマークでは、妊娠したかどうかを各自のホームドクターで診断してもらいます。そこで出産の意志が確認できると、ホームドクター、ヨーモアと呼ばれる助産婦、そして出産する病院の三者の管理下におかれることになります。最近では出産する病院を同じ県内であれば選べるようになっているので(以前は原則として市が指定する病院でした)、妊娠の確認後、ホームドクターに出産したい病院を告げると、ホームドクターの方から病院とヨーモアに連絡を入れてくれます。この時点で、ホームドクターから連絡帳となるA4サイズの用紙が封筒に入れられて支給されます。封筒の表には、ヨーモアセンターでの予約を書き込める表がついており、用紙には検査内容やその結果などが記録されます。そして1枚目を自分が、あとのコピーはホームドクターとヨーモアが控えとして保管します。検査などの結果が記入されているので、出産するまで、検診の時にはどこへ行く場合も持って行きます。もちろん出産にかかる費用は全て無料です。
住んでいる地域によって多少の違いはありますが、具体的には、出産するまでに実際に出産する病院に行くのは2回ほどで、定期検診はヨーモアがヨーモアセンターと呼ばれるところでやってくれます。ホームドクターの所に行くのも3回ほどで、非常にリラックスした感覚(間隔でもありますが)で、検診を受けることになります。日本に比べると非常に少ない感じもしますが、あくまでも順調な場合の基準であり、もちろん異常があればいつでも対応してくれます。ヨーモアセンターに行くのは、出産までに7回程度。4〜6週毎くらいの間隔で出産が近くなるとその間隔が短くなり、40週を超えると毎週ということになります。このヨーモアは出産の際に実際に病院で赤ちゃんを取り上げてくれることになるので(同じ人ではありませんが)、ヨーモアという存在そのものが一番頼りになる、ということになります。
妊娠の確認後数日すると、早速ヨーモアセンターと出産する病院から手紙が届き、初回の検診日の案内がきます。もちろん予定が合わなければ変更できますが、こうして三者の連携の中に入っていることを自覚しながら、それぞれの検診を受けることになります。通常12週目あたりに、出産する病院で医師との面談と超音波検査などがあります。そのあと病院に行くのは18週目あたりだけで、異常がない限り18週目以降に病院を訪れることは少ないようです。この2回目の訪問は、検診というより、むしろ病室や分娩室の見学といった実質的なもので、看護婦が案内してくれるので、入院に関してわからないことは、なんでもこの時点で聞いておきます。地域によっては36週目あたりにも病院での検診があるようです。
ヨーモアセンターには、一番頻繁に訪れることになるわけですが、最初の検診は16週目までのどこかで行われるようです。ヨーモアの検診は、基本的には内診はなく(もちろん必要に応じて内診があることもあります)、赤ちゃんの心音を聞くのもラッパのような形をした木製の筒のような道具で、お腹に優しくあてて、ヨーモアは注意深く小さな心音を聞き分けます。デンマークの医療事情が遅れている訳ではなく、機械を使って簡単にできることを、今でもこういう方法でやっていることに安心感を覚えます。先にも書いたように、ヨーモアが出産そのものを仕切ることになるので、定期検診のみならず何でも相談できる心強い存在となります。私の場合は、デンマーク語がまだチンプンカンプンでしたので、英語のできるヨーモアを指定して受診していました。それにしても機械に頼る今の時代に、こうした木製の筒で心音を聞いてくれるのは、なんだかあったかい感じもして、信頼するのに時間もかからないという感じでした。ほとんど触診のみで赤ちゃんの大きさなども計ってくれます。
高年齢出産がその原因となることが多いダウン症に関しては、35歳以上であれば希望により妊娠初期の段階で染色体の検査を受けることができます。私の場合は、ビザ取得に時間を要したこともあり、妊娠初期はこの三者の管理下に入ることができませんでしたが、ビザ取得のための書類として夫のホームドクターで妊娠証明を取っておりました。その際にこの管理下にはまだないけれど、染色体検査を受けたければ受けることができる、と言われていました。こちらでも、染色体検査に関する見解は様々ですが、義母などは受けるべきだと思っていたようです。結局、私は受けませんでしたが、それよりもいつビザが下りて、それからさらに健康保障カード(医療機関などでの診療費の全額、または一部公的補助を受けるための証明ですが、EU諸国への旅行やその他一部の保障が受けられる対応諸外国への旅行保険もかねています)が下りるまでにどれくらい時間がかかるのだろうか、という不安の方が大きかったことを思い出します。話がそれますが、ビザの取得に関しては、今でもいろいろとややこしいことがあり(規則は頻繁に変わっていますが)、お役所仕事の時間のかかり方には、かなり辟易としておりました。
結局、私がこの管理下に置かれることになった時には、既に24週目に入っておりましたが、それまでにも緊急(デンマークの保険に加入していない状態ですが、緊急ということで無料で受診しています)で何度か看てもらったこともあり、おまけにこのシステムに入る以前に2回も入院したので、ある意味では三者の管理下にはなかったけれど、病院での診察のあり方や、病室での過ごし方など前もって知ることができて、それなりの準備はできていたように思います。管理下にあろうがなかろうが、手厚く無料で診察してくれることにただただ感謝しておりました。2回目の入院時には同じような立場の中国人と同じ病室になり仲良くなりましたが、彼女は3つ子を身ごもっており、臨月でお腹が大きすぎて入院していたのですが、その段階でもまだビザが下りておらず、入院中に移民局に大きなお腹を抱えてビザ取得のための面接に行っていたことが思い出されます。傘の下に入るまでの手続きは、どこの国でもそんなに容易いことではない、ということであります。
こうした妊娠中の入院時も、日々の赤ちゃんの心音チェックは、医師ではなく病院内のヨーモアが例の木製の筒でやってくれるのですが、同室の彼女の大きなおなかにヨーモアが微妙に位置を変えながら筒をあて、3つの心音を聞き分けている姿は、美しいと言うか心和むものでした。ヨーモアには3人の赤ちゃんがどんな位置関係でお母さんのおなかの中にいるのか、まるで見えているようでした。それでもやはり3つの心音を聞き分けるのはベテランでないと難しいらしく、年配のヨーモアがいつも私たちの担当でした。ついでに私もそのベテランさんに心音を聞いてもらっていたわけですが、いつも「あなたは簡単だわ」と言われておりました。
出産のための準備コースも、住んでいる地方自治体によって参加費無料で提供されています。妊娠体操、ヨーモアとの懇談会、呼吸法などさまざまですが内容は豊富です。基本的には本人のみの参加ですが、父親となるパートナーも一緒に参加する機会も設けられています。体操などもいっしょにしたり、分娩に立ち会うケースがほとんどなので、一緒に参加できるのは妊婦にとっても安心できます。外国人駐在員が多く住んでいる地域の地方自治体などでは、こういった準備の英語コースも用意されているようです。私の場合は普通にデンマーク語で受けていたので、全くわからないこともあり、特別にほぼ毎回夫も一緒に参加させてもらっていました。
こうしていよいよ出産の時を待つ訳ですが、入院のための特別な準備というのは、ほとんどしなくていいので、返って何か忘れ物をしているような感覚に陥るのですが、基本的には母親の下着から靴下、パジャマ、タオルにいたるまで、全て病院にあるものを好きに使えるので、用意しておく必要はありません。せいぜい洗面用具とか室内履き程度であとはちょっと上に羽織るようなものを持って行くくらいです。赤ちゃんが着るものも全て病院のものを使うので、母子ともに退院時に着る服を忘れないで用意しておく、という感じです。
デンマークでは、出産の際、必ずと言っていいほど夫や近親者(母親など)が立ち会います。夫が立ち会わない場合、妊婦の親友が立ち会うというケースもよくあります。私の場合は、もちろん夫が立ち会ってくれましたが、Tシャツにジーンズ姿のままで白衣とか変な帽子とか着せられることなく、ごく自然でした。出産を仕切るのは助産婦のヨーモアで、医師は赤ちゃんが生まれてから必要に応じて初めて顔を出します。出産はヨーモアの指示のもと、立会人と3人の協同作業となるわけです。分娩室にいるのはこの3人だけで、夫は手を握って声をかけるだけでなく、ヨーモアにああしろこうしろといろいろと指示を受けて、体を支えたりかなり実質的な補助をしておりました。
生まれて来た赤ちゃんはすぐさま母親の胸に抱かせてくれます。まだへその緒もついたままのヌルヌルの赤ちゃんですが、小さな手足をバタバタさせながら、それでもさっそくおっぱいを飲むのですから、命の素晴らしさに感動しない訳がありません。月並みではありますが私も大泣きいたしました。そのあと、へその緒を切るのは立ち会い人の仕事です。もちろんしたくなければしなくてもいいのですが、ヨーモアの指示でヘソの緒を切ってもらいます。そして、もうひとしきりおっぱいを飲ませてから、医師が現れ赤ちゃんのチェックをします。その間に、看護婦が食事の用意をしてくれ、デンマークの国旗を飾った祝いの食卓を用意してくれたことにも、感激しました。でもこれは、コペンハーゲンの国立総合病院で私が経験したことであり、同じデンマークでも、病院によって対応が違うことももちろんあり、取り上げるヨーモアによっても多少の違いもあったり、出産の仕方も浴槽の中での出産など、いろいろな方法がとられているようです。
デンマークでは産湯を使いません。胎脂は自然に吸収されるのを待つのがよい、と言われています。従って、生まれてすぐのヌルヌルのわが子も、体を拭いてもらうだけでした。初めてお風呂をしたのは、生まれてから3日目のことでした。その後も、週に3回くらいのペースで十分だと言われ、日本とは違うということを感じつつも、毎日入れないといけません、と言われるより気分的には楽でした。
デンマークの公立の総合病院では、病室はたいていが2人から4人部屋で、赤ちゃんも生まれたその瞬間から、お母さんといっしょに過ごすことになります。日本のように新生児室なるものはありません。いきなり24時間体制の育児が始まり、まだ疲れている体にムチを打つ思いで、泣くことしか知らないわが子に、授乳やら、おむつ変えやら、さっそく母親になったことを思い知らされます。こうした初めての経験を、もちろん看護婦がいろいろ教えてはくれるのですが、むしろ厳しく仕込まれているといったほうが、当たっているように思えました。特に授乳指導は、病院によっても指導の仕方に差はあるようですが、かなり厳しく、できるだけ頑張って母乳を飲ませるように仕込まれた、という感じでした。
でも、よその子が泣けば、せっかくいい調子で眠っていたわが子も起こされ、泣きわめくはめになることも少なくなかったので、さっさと退院したいと思ったことも確かでした。平均で4〜5日目には退院するのですが、東洋人の子供は黄疸が出ていると間違えられやすく、念のための検査をしてからということで5日目の退院でした。
ただ、各病室にトイレとシャワーが付いていることと、食事はなかなかよかったので、その点ではほんとうに快適に過ごせました。朝は、ホテルみたいに何が欲しいか前日の夜に言っておけば用意してくれるし、昼はバイキング形式で好きなものを好きなだけとれます。3時のお茶の時間も忘れませんし、夜はセッティングされていますが、宗教上の理由や、その他さまざまな民族的配慮から、事前に例えば豚肉を食べることができるか? というようなことを聞いてくれています。特にデンマークにはトルコやパキスタンからの移民が多いので、その事情も垣間見たように思いました。
デンマークの一般的な医療事情に関しては、無料である反面、予防医学の概念が希薄であったり、日本人には受け入れにくい部分もあるのですが、こと妊娠から出産に関しては、非常にいい環境であると思っています。なんといっても無料、というのは大きいですよね。
日本では少子化が叫ばれる中、デンマークは出生率を上げている国のひとつです。2000年以降のデータでは出生率は1.77人となっていますが、先進国では統計的にも女性の労働力率の高い国ほど出生率も高くなる傾向が見られるようです。その背景には子育ての環境や、仕事を持つ母親をサポートしてくれるシステムなどさまざまな要因があると思います。女性が働く環境が整備され、子供を大切に思う気持ちや生活そのものを楽しむ心の余裕が、少子化に歯止めをかけていると、この国は証明しているようにも思います。
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