※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
平らな国デンマーク/子育ての現場から / 高田ケラー有子
高田ケラー有子(Yuko Takada Keller) 造形作家(デンマーク北シェーランド在住)
京都市立芸術大学大学院修了。日本在住時よりヨーロッパ、アメリカなどで作品を発表。1997年よりデンマーク在住。近年はデンマークを中心にヨーロッパ、日本で作家活動。キューレータとしても、日本のアーティストをデンマークに紹介している。
コミッションワークとして、岡山県早島町町民総合会館「ゆるびの舎」、兵庫県 看護協会に作品を手がけている。
著書に『
平らな国デンマーク〜「幸福度」世界一の社会から〜
』(NHK出版生活人新書)
Webサイト:
http://www.yukotakada.com/
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第2回 「育児ノイローゼを作らない国」
配信日:2004-03-10
虐待による子供の死、というようなニュースが日本から届くたびに、同じ子供を持つ親として「なぜそこまで?」という問いかけと、どこにでもあることじゃないよ、という思いがこみ上げてきます。この1週間だけでも私が知る限り、日本のニュースから3つのケースを耳にしました。母親の育児ノイローゼだけでなく、最近は特に父親や同居人による暴行や虐待が多く見られることに、気持ちに余裕のない大人が、自己中心的にしか生きられなくなっている危険な匂いを感じます。
日本ではよく「マタニティブルー」という言葉を耳にします。出産後のホルモンバランスの変化から、精神的に不安定な状態に陥ることをさすようですが、育児による負担からくる「ブルーな気持ち」の代名詞のように聞こえてしまい、あまりいい表現ではないな、といつも思います。"Birth depression"や "Birth psychosis"と呼ばれるものは、もちろんデンマークでもありますが、こちらでは育児全般にわたって、多くの母親があまり神経質にならないで過ごしているように思います。子育ては大変だと愚痴をこぼすことはあっても、その負担が「ブルーな気持ち」につながることは極々稀なことであると思います。
国民性の違いもあるでしょうが、子供を大切に思う気持ちでは、この国ほどさまざまな配慮のある国はないと思うくらい、子供を持つ親を助けてくれるシステムがあり、それが育児ノイローゼを作らない工夫にもなっているように思います。もちろん、これもすべて高い税金のなせる技、なのかもしれませんが、その前に全ての大人が子供であったことを忘れていない国かもしれない、と思うくらい、社会的なシステムだけでなく、子供への配慮を忘れないという考え方に、さまざまな場面で遭遇します。
赤ちゃんをもつ母親にとって、大きな乳母車で電車やバスに乗ってどこへでも行けてしまうことは、家に閉じこもらず、気持ちまでも閉じ込めてしまわないですむ、大きな要因になっていると思います。日本のように生後1ヶ月の検診までほとんど外出しない、などというのではなく、母親はどんどん赤ちゃんと一緒に外の空気を楽しみます。真冬であってもです。駅やデパートなど、どこへ行ってもバリアフリーで、乳母車だから困るといったこともありません。喫茶店やレストランでも乳母車を傍らに置いて、ゆっくり食事やお茶を楽しんでいる母親たちをよくみかけます。授乳も人目を気にせずどこででもできるという安心感があります。珍しい事ではないので、ジロジロ見たりする人などもいません。こちらへ来た当初は、赤ちゃんをよく見る国だなあ、などと単純に思いましたが、そうではなく、誰もが赤ちゃんを気軽に外へ連れて出るので、周囲の人間にとっても、赤ちゃんに出会う機会が多く、それがまた子供への思いやりにつながる、という好循環とでも言えるものにつながっているのだと思います。
息子が6ヶ月の時、里帰りをした事がありますが、日本の駅には階段しかない所も多く、駅周辺の歩道は放置自転車でいっぱいで、折りたたみ式のバギーであっても容易に移動することができず、日本と言う国がいかに身障者やお年寄りに厳しい国であるか、ということを思い知りました。逆に言えば、いかにデンマークで不便を感じることがなかったか、ということをベビーカーを押しながら、思ったものでした。
日本の男性には耳が痛いかもしれませんが、こちらでは、父親が育児をよく手伝うということも、母親のリラックスに繋がっていると思います。父親が乳母車を押して散歩している光景も日常的に見かけます。赤ちゃんが生まれると、2週間の産休が夫にも与えられることも、父親の育児への関心を高めていると思います。出産後4〜5日前後で退院して自宅に戻るその日から、その休暇をとる父親が多く、母親も実家に帰る、というようなことはせず、夫婦だけで新生児の育児を始めるケースが多いです。もともと残業などもほとんどない会社が多く、定時に帰宅することも、母親への育児負担を少なくしていると思います。専業主婦と呼ばれる人がいないと言ってもいいくらい、共働きの夫婦が多い事もそうですが、男女平等の意識はかなり強く、家事も育児も分担するのはたいていの家庭が当たり前のようにしています。
チャイルドナース(保健婦)とマザーグループというシステムも、この国の新米ママさんたちを多いに助けてくれています。チャイルドナースとは自宅に訪問してくれて赤ちゃんの健康チェックや、育児の相談に乗ってくれる人で、その人が担当する同じような月齢の赤ちゃんを持つ母親同士で形成されるのがマザーグループです。
出産した病院から退院して帰宅すると同時に、病院からチャイルドナースに連絡が入り、連絡を受けたチャイルドナースは、出産を終えて間もない母親に連絡を入れます。私の場合は出産5日目に退院し、その日のうちに連絡が入り、7日目に当たる日に最初の訪問を受けました。チャイルドナースの訪問は、最初は頻繁で週に1度。それが2週間に1度になり、月に1度になって、というようにだんだんと間隔は開いて行くのですが、通常1歳のお誕生日まではたいていがその予定通りの訪問を受けます。地方自治体によっても違いがあるようですが、それ以降は任意で数ヶ月に一度という形で、母親がもう来なくていい、と言うまで続けられるところもあります。もちろん費用は一切かかりません。
チャイルドナースがしてくれるのは、赤ちゃんの体重や身長を測ったり、その成長にあわせて目は見えているか、耳は聞こえているか、などの身体検診全般と、授乳や離乳食の指導など、母親への育児指導もしてくれます。特に離乳食の指導は、何と何をいつ頃食べさせることができるか、という食品表を渡されるのですが、これが実に質素と言うかシンプルな品数。でも逆にそれが離乳食をつくる苦労を感じさせない結果に繋がっていて、しかも、アレルギーの出にくい体作り、ということに主眼を置いているので、アトピーの子供が非常に少ないという結果にも繋がっているように思います。医学的な根拠などはありませんが、私はこの7年間一人もアトピーの子供をみたことがないので、少なくとも効果があるのでは、と思っています。ちなみに、4ヶ月になるまでは、できれば母乳100%。粉ミルクを併用したとしても、4ヶ月になるまでミルク以外のものは果汁の1滴さえも与えません。いろいろなものを最初から与えるのではなく、まずはアレルギーの出にくい体作りをしっかりとする、ということで、1歳になるまで卵は一切食べさせませんし、魚もアレルゲンになりやすいということで、かなり月齢が進んでからしか与えません。日本のようにお魚の出汁も使いませんしね。
マザーグループは、チャイルドナースの担当する月齢の近い赤ちゃんを持つ母親たちの中から、同じ地域内に住む5〜6人で結成されるグループですが、ここにチャイルドナースが来るのではなく、グループが定期的にそれぞれの自宅を順番に回る形で集会を持ちます。たいていが、お昼ご飯を一緒に食べたり、お茶の時間に集まったり、と言った形で行われるようですが、それもグループ次第。みなの都合のいい日を決めて、その日はお互いに情報交換するだけでなく、いわゆる井戸端会議ではありますが、おしゃべりを楽しんで、育児の悩みなどもお互いに話し合う事で、ひとりで悩んだり閉じこもったりする事のないようにしているようです。自宅に人を呼ぶのが好きな国民性だからこそできるグループ活動ではありますが、それぞれが家のなかで、どんな道具やおもちゃを使っているか、というようなことも、自宅に訪問するからこそよくわかることで、お互いにアイデアを盗むことも、一つの楽しみであるようです。
こんなふうにさまざまな制度や環境としても、子供を持つ親をサポートしてくれていることが、気持ちの余裕にもつながり、虐待というような行為に至る事も少なくしているように思います。
虐待とまではいかなくても、子供に手をあげる事の意識も日本とは全く違います。親が子供を叱る時、基本的には手をあげる事を一切しません。私もたった1度だけですが、息子が1歳半くらいの頃、手の甲をペシッと叩いた事があるのですが、それを見た夫は真っ青になって、言葉を失っておりました。いわゆる顔面蒼白というやつですが、それをまさしく絵に描いたような夫を見た私は、一瞬にして自分のした事がこの国では受け入れられない事なのだと知りました。以後、夫とも話し合い、2度と手をあげる事はしていません。
叩いたりする行為は、例えば近所の人がそれを見ていて、虐待だと判断すればそれだけで通報される事もある、ということで、外で子供を叱らないといけないような時には、かなり周りの目を気遣ったものでした。日本語で叱っているんだからわからない、ということが余計にいじめているように見えやしないかと、ジッと見られたりしようもんなら、唐突に変な愛想笑いを向けたりもしておりました。でも、よく観察していると、デンマーク人も大声で子供を叱りつけているし、時には手はあげていないかも知れないけれど、言葉の方がキツイんじゃないの?と思う事もあり、叱る事の難しさと、しつけのあり方を考えさせられます。デンマークでは子供自身が自分が虐待されていると思えば、自分で警察に通報できるということも知っているので、大きくなってくると、それを逆手に親をからかうような子供もいるくらいです。
周囲の目が確実にあるというのは、日本人が失いつつあるいいご近所付き合いを、まだまだこの国の人たちは大切にしている、ということだと思います。もちろんデンマークでも都会のアパートではそう言う意識も希薄になってきているようですが、それでも、泣きわめく子供の存在を知りつつも、周囲の大人が放っておくというようなことは、まずないように思います。その前に、虐待自体がごく稀にしかない、ということではありますが。
子供が病気をしたときに、その初日のみ公休をとれる、という制度もあり、気を使わずに仕事を休んで看病できるということも、些細な事ですが、ひとつの余裕につながっているように思います。子供が病気をしたからと言って仕事を休んでも、白い目で見られる事など決してありません。
社会的な制度ではありませんが、美術館などに貸しベビーカーがたくさん用意されているのも「赤ちゃん歓迎」の看板のようなものであり、主に大人のための施設であっても、子供への配慮を忘れていないことをありがたく思います。ルイジアナ現代美術館というところでは、毎週日曜日に子供のためのワークショップがあり、親は子供をワークショップに預けて、ゆっくりと美術鑑賞を楽しむ事ができます。もちろん子供の感性を磨くという点でもありがたいことですが、そこには同時に大人が楽しめる、というオマケがついていることが、ミソであります。
待ち時間の発生するところに必ず置かれているLEGOも、ありがたい存在です。病院、薬局、空港など、どこへ行っても必ずと言っていいほど、椅子とテーブルがセットされたLEGOブロックが置かれています。子供は子供で、初めての場所であっても、そのビビットカラーに吸い込まれるようにLEGOに向かって突進しております。たまに、用事が終わっても遊びを止めてくれなくて、困ることもありますが、用事が済むまでおとなしくしていてくれることの方が大切なので、やはり助かります。これも、子供に対する配慮と同時に、親への手助け、という意味を感じます。子供が気持ちよく過ごせる空間が、大人の余裕につながることを、この国の人はよく知っているなあ、とつくづく思うのです。
LEGOの語源をここでご紹介しておきましょう。Leg Godt (Play Well)のふたつの単語の頭2文字づつをつなげたものです。子供に対する大人の気持ちが反映されたいいネーミングだと思いませんか?
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