海外レポート/エッセイ
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高田ケラー有子(Yuko Takada Keller)   造形作家(デンマーク北シェーランド在住)
京都市立芸術大学大学院修了。日本在住時よりヨーロッパ、アメリカなどで作品を発表。1997年よりデンマーク在住。近年はデンマークを中心にヨーロッパ、日本で作家活動。キューレータとしても、日本のアーティストをデンマークに紹介している。
コミッションワークとして、岡山県早島町町民総合会館「ゆるびの舎」、兵庫県 看護協会に作品を手がけている。
著書に『平らな国デンマーク〜「幸福度」世界一の社会から〜』(NHK出版生活人新書)
Webサイト:http://www.yukotakada.com/
第1回 「仮装のお祭りフェスタラウン」
配信日:2004-03-02
 デンマークと言えばアンデルセンの国、人魚姫の像、チボリ公園、そしてLEGOの国、ということくらいしか、一般的には馴染みが薄いのではと思います。照明デザインや家具や音響メーカーの製品も有名なものは数知れず、陶器ではロイヤルコペンハーゲン、といえば、もちろんご存知の方も多いことでしょう。人口が少なく、自国の資源も限りがあるだけに、デザイン力を活かして、生活にゆとりの空間を感じることのできるものづくりをしてきた伝統が、この国の経済を支える結果にもなっているように思います。

 酪農を中心とした農畜産国であることも、その伝統のみならず、生産性の高いことで有名で、農家数の減少にも関わらず、生産は増加しています。また風力発電の盛んな国であり、クリーンなエネルギーを大切にしている環境先進国としても、昨今は捉えられているように思います。貿易依存度の高い国ですが、輸出品の70%が工業製品であり、今や工業国と言えることは、ご存じない方も多いかもしれません。日本への輸出はこの数字とは逆にその70%が豚肉を中心とした畜産品で、輸入はその80%が工業製品となっていますが、数ある西欧諸国の中で唯一、対日貿易黒字国でもあります。そして、多額の税金に支えられた福祉国家であり、バリアフリーなどの意味においても、日本からも研修に来る方が増えているように思います。

 デンマークの人口は540万人ほどで、デンマーク本土の面積は九州より少し大きい程度。と、まあデンマークについて学習しようと言う訳ではありませんが、一番高い山が標高171メートルという、平らな国土を持ち、国民性もその国土にならうかのように、平等を好み、突出することをよしとしない風習もあり、日本のような競争社会と比較すると、かなりのんびりした国であります。

 この平らな国で子育てをしていると、細かいことは気にならず、子供ものびのびと(ちょっとのびのびし過ぎではありますが)しているように思います。平等を好みつつも右に習え、という風習はなく、幼稚園でもそれぞれの個性に合わせたというか、自由に時間を使わせている感があります。自由とわがままをはき違えないようにして欲しいものですが、今自分がしたいこと、というものをそれぞれが確実に実行しながら子供たちが過ごしているのには、最初は驚いたものでした。

 デンマークの選挙の投票率は非常に高く、平均で80%。国民一人一人が国の政治に関わっているのだという意識を感じることができます。高い税金(消費税25%、平均的な所得税が約46%)を払っているのですから、感心が高いのも当たり前、ともいえますが、その前にこんなに高い税金で、よく暴動が起こらないものだな、などと、こちらへ来た当初は思ったこともありました。税金の使い道がある意味では如実に目にすることができるから、ということはもちろんありますが、その反面、多額の税金に四苦八苦しつつ、たいていの家庭が質素に暮らさざるを得ないことを、受け入れている、というようにも思えます。

 デンマークでは、夫婦共働きがほとんどですが、それは税金が高いために必要なことであると同時に、女性も働くのが当たり前、ということが常識となっているように思えます。その背景には、高い税金がそれを支えてくれているという矛盾もあるのですが、子供を預けて安心して働ける社会的なシステムが充実している、ということが言えると思います。
 
 私の息子は6歳になったばかりで、日本で言う幼稚園の年長さんクラスに在籍しています。息子の幼稚園は、朝6時から夕方6時まで開いており、その間の任意の時間帯に子供を預け、親の仕事の都合によって、行く時間も帰る時間もさまざまです。幼稚園の開いている時間は地方共同体によってさまざまで、コペンハーゲンのような都会はもう少し短い時間帯になっていますが、それでも、それぞれのライフスタイルに合わせた形で、送迎の時間に柔軟性があるので、親としては助かっています。とりあえず、始まりの時間が決まっていないというのは、かなりリラックスできるものです。

 現在、私はコペンハーゲンから北西に40kmほどのところにある、郊外の町で暮らしていますが、5年前にはほとんど見かけることのなかったモスリムの人たちも、今は、この町で少なからず暮らし始め、トルコ人の経営する食料品店も開店したり、その風は確実に地方へも流れてきています。息子の幼稚園でも同じクラスにモスリムの子供が二人いますが、いわゆる外国籍を持っている子供は息子を含めてクラス24人中6人です。デンマーク以外の国籍は、日本、トルコ、ベトナム、ノルウェー、イギリス、となっています。これを、この幼稚園では子供たちの教材にすべく、月に一度の食事会の日を、これらの国のメニューでしつらえるなど、異文化を自然に学ぶ試みとして、取り組んでくれています。日本食の日とJAPAN Weekなるものも設定していただいて、私もデンマークの子供たちでも食べることができ、またモスリムの子供がいるので、豚肉を使わないメニューを考えてレシピを渡しておきました。それをみなで一緒に作って、お箸でご飯を食べてくれたようです。子供たちがいっしょに調理体験できるオープンキッチンが建物の中心にあることも、この幼稚園の魅力です。幼稚園は、まさに大きな家という感じがします。

 もちろん、これは田舎の幼稚園のお話であり、コペンハーゲンの一部の地域では外国人の割合がデンマーク人を上回るケースもあり、学校などではいわゆる国語の授業に影響がでたり、デンマーク人にとって、思わしくない状況にあるところもあるようです。外国人への風当たりがきついことももちろんあります。語学学校では、居住権ならびに就労権を取得している外国人は、デンマーク語を無料で学ぶことができます。それだけに、例えば私のようにデンマーク語をほとんど話さない外国人への風当たりは大変冷たく厳しいものがあります。当たり前のことではありますが、英語で仕事ができてしまうことをいいことに、なかなか進歩しないというのが、言い訳かつ現状であります。もちろん難民や移民の多くは、しっかりと語学教育を受けて、それこそ必死でこの国の環境になじもうと努力をしていると思います。そのうえで、自国の文化を異国であっても、自分たちなりのやり方で踏襲しているように思います。
 
 最近、ちょっとした日本ブームで、日本のものも多く紹介されたりしていますが、正しく伝えられているか、というとかなり眉をひそめるものも多くあります。これは、どこの国でも同じようなことが相互にあることだと思いますが、正しい情報を伝えることの難しさ、ということが言葉の問題以上にそれぞれの文化背景を理解した上でなされない限り、どうしてもゆがみが生じるのだと感じています。JMMでふるまいさんの書かれていた「翻訳者」の存在が必要なのだと。

 デンマークにはフェスタラウンというお祭りがあるのですが、今年は2月22日の日曜日がその日でした。もともとの語源は春を迎えるお祭りの前に断食をするその前夜のことを指すようですが、今は子供たちを中心とした仮装のお祭りで、ハローウィンのように、仮装した子供たちが「お菓子をくれないと悪さをするぞ」と歌いながら、近所の家々を回り、訪問された家では、子供たちが持っている缶にお菓子や小銭を入れてあげます。幼稚園などでは、翌日の月曜日に仮装した園児たちが吊るされた樽を交代で叩いて壊すゲームなどをします。

 この仮装で、子供たちはそれぞれ自分のなりたいものにいわば変身するわけですが、
今年は男の子の中に忍者の衣装を着ている子供を多く見かけました。がしかし、その衣装はおもちゃ屋さんで売られているものなのですが、忍者とは言いがたいもので、赤や黄色のひもがふんだんに使われ、胸にはドラゴンの模様がプリントされ、なんとも情けないものがありました。おまけにスターウォーズばりのネオン刀まで付いていて、それでもあくまでも“NINJA”のロゴ入り衣装として売られ、日本のものとして人気があるのですから、情報の混乱を絵に書いたようで、もう笑うしかない、といった感じでした。日本のアニメーションの影響も少なからずあるものと思われ、ビジュアルとしてのイメージが与える影響、というものが大きいということもよくわかります。

 私の息子は何に変身したかと言うと、実は私の手製衣装で忍者に変身いたしました。
ところが、そのへんてこりんな市販の忍者衣装のおかげで、息子の衣装は忍者とは認識してもらえず、多く流通するものが正しい、という危険なロジックを子供社会の中で見せつけられた思いでした。幼稚園の先生にしても、忍者なるものがどのような衣装を身に付けているのか分かっていないので、手作りのよさという点を褒めるしかなかったようです。

 夫はデンマーク人ですので、息子のように二つの国の文化を子供の頃から自然に受け入れていれば、この国においても日本のことをデンマーク人にわかるニュアンスで伝えていくことができるでしょう。数十年前にこの国に来た日本人の子供たちは、あえて日本語教育を受けず、デンマーク語で育った人が多く、片親が日本人でありながら日本語を話せない、という人も多いようです。でもそれは、逆に言えば情報過多の今のようにはいかなかったからであり、日本語を身につけることの意味も大きくはなかったのでしょう。

 息子に日本語でコミュニケーションをはかり続けることは、とても大切なことであると同時に、日本語環境の少ないこの国では非常に難しいことでもあります。3歳と6歳でそのターニングポイントが来ると、よく言われています。3歳で自我が芽生え始める頃、母国語にならない方の言語を拒否するケースと、6歳で学校に行き始める頃、母国語が教育の手段として子供の中に入ってくる時、もうひとつの言語を拒否するケース。息子の場合、3歳のポイントは一応クリアーしておりますが、どんどんと増えて行くデンマーク語の語彙と比べ、だんだん日本語での表現が怪しくなってきているので、今がまさしく第2のポイントです。

 ただ昔と違うのは、やはり情報量の違いで、日本のテレビを見ることもでき、またアニメのビデオからも、よくも悪くも多くの日本語を吸収してくれることです。ビジュアルとしての情報がそれを助けてくれていることも確かなことで、そのビジュアルからイメージを膨らませていることも事実です。もちろん絵本の世界も大切な手段であり、毎晩交代で日本語の絵本とデンマーク語の絵本を私と夫が読み聞かせてはいますが、動画の世界の魅力は大きいものがあるようです。

 コペンハーゲン大学の中には日本語学科がありますが、日本のアニメに興味を持ったことが日本語を学ぶきっかけになったと語る学生がチラホラといることに、いい意味で新鮮な驚きを感じたことがあります。受け取った情報から、真実を見ようとすることがある反面、多くは発信側の思惑どおりに表面的な情報だけが大手を振って歩いて行くことに、そこから生じる誤解も含めて、考えながら見る、という態度を子供にも伝えて行きたいところです。

 日本という国の文化やお国事情が、どんなふうにこの国で伝えられていくのか、息子といっしょに見て行きつつ、子育ての観点からこの国の耳寄りなお話を、情報発信していきたいと思っています。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT