東日本大震災関連特集 特設ページ
   
東日本大震災により被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。
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特別寄稿 特別寄稿:”ARTS for HOPE” 活動レポート 第3回
配信日:2011-08-18
 全国の病院などでホスピタルアート活動を行っているNPO、「Wonder Art Production(ワンダー・アート・プロダクション)」の代表、高橋雅子(たかはし まさこ)を中心に、主に東日本大震災で被災した子どもたちへ向け、医療や教育・福祉関係者と共にチームを組み、アートの力を通して、心の元気を取り戻してもらうことを目的に活動する「ARTS for HOPE」(アーツ・フォー・ホープ)を発足した。現在のプログラム内容は下記の3つとなっている。

Happy Doll Project(ハッピー・ドール・プロジェクト):自由に人形作りを行うプロジェクト。子どもから高齢者までを対象とする。
Happy Painting Project(ハッピー・ペインティング・プロジェクト):大きな紙に全身を使って色遊びを行うプロジェクト。子ども対象。
WAKUWAKU Project:アーティストなどゲストにより行われるスペシャルイベント。対象はプログラムにより異なる。

ARTS for HOPE(Wonder Art Production内)
http://artsforhope.info/

 6月10(金)〜12日(日)福島県いわき市の避難所、宮城県気仙沼市の避難所などの計4ヶ所を回ってきた。

■6月10日 福島県いわき市 避難所(活動内容:Happy Doll Project)

 仮設住宅の建設が進み避難所の閉鎖が続く中、仮設住宅に入ることが出来なかった人、入らなかった人が集まってくる場所がここ、いわき市の避難所である。

 子ども達が学校に行っている時間ということもあり、施設にいたのは平均50歳前後の男性7割、女性3割ほど。寝床になっている布団の中央部前方にテレビが一つ。それを取り囲み画面を眺める人、布団で寝ている人、井戸端会議をしている人などがいた。

 男性の多い中「マスコット(お人形)をつくりませんか?」と呼びかけても、やはり反応は鈍い。それでも材料箱を並べ始めると「何やるの?え?裁縫?俺はやんねーよ」と言いながらも見学にきてくれる人、「あら!可愛いお人形!」と言ってくれる女性など2〜3人の方が話しかけてきた。

 そんな中、一人の男性に「何処からきたの?」と声をかけられた。東京だと答えると
「東京かぁ。東京の人は福島の子どもに放射能がうつるっていじめたらしいじゃん。ひどい話だよ。福島は東京に送る電気を作っていたっていうのにさ。」
と、そこから10分間。私は男性の東京批判の話を聞かされた。正直、返す言葉も見つからず私は引きつった笑顔と相槌をうつことしかできなかった。男性は一通り話終え、立ち去っていった。

 その後、「裁縫なんかやらねーよ」と言っていた男性が袋を作ると言ってくれた。

 するとまた一人、もう二人、気がつくと男性だらけの裁縫大会が始まっていた。会場に到着した時には考えられないぐらいの明るい笑い声があちらこちらから聞こえてきた。

 そんな中、我々に東京批判をした男性が「お姉さんにブランドバッグをプレゼントしちゃおうかな」と言ってタバコの空き箱で作られた手のひらサイズの鞄をプレゼントしてくれた。持ち手の部分は銀紙、クラッチの金具はマッチの先端で作られている。とても可愛い鞄だった。そして、照れ隠しの冗談を言いながら鞄をくれた男性はもっと可愛い人だと思った。

■6月11日 宮城県気仙沼市 公民館(活動内容:Happy Doll Project)

 今回、気仙沼市では地元に住む佐藤さんのお宅へお邪魔することとなった。彼女の家は山頂にあり、幸いにも震災の影響は少なかったという。

 その佐藤さんの要望もあり、彼女の住む土域の人を対象にHappy Doll Projectを行うこととなった。

 参加者は主に60代前後の女性30名余りと、その孫世代5名。

 一人の少女は、震災後母親が母国に帰ってしまったという。父親に連れられてきた彼女は下をむいてうな垂れていた。それでも、AFHのスタッフや、近所の人たち、そして同年代の子どもたちの輪の中でお人形を作り始めると、頬が赤らみ、上を向いてくれるようになった。最後には自作の人形と一緒にニコニコと写真におさまってくれた。

 他にも、家族を津波で失った事実を知らされていない子と、両親と離れおばあちゃんの家に避難してきた少年が参加してくれた。二人がじゃれあって笑い声をあげている姿をお婆さん達はとても嬉しそうに眺めていた。

 プログラム終了後、佐藤さんのお宅に参加者の方々から次々に「面白かった」との声がたくさん届いたそうだ。佐藤さんはそのことを嬉しそうに報告しながら

「最初、家族を失った人たちもいるなかで、彼らの家を訪ねていくことさえも憚られていたけれど、それは間違いであったと気付いたの。有難う」

 向き合うことを恐れずに、つながっていくこと。

 内にいると動き出せないことへのきっかけが、我々のような外部の人間に出来ることであると願いながら、その場を後にした。

■6月11日 宮城県気仙沼市 児童養護施設(活動内容:Happy Painting Project)

 津波の被害を受けた地域よりさほど遠くない、自動養護施設でHappy Color Projectは行われた。荷物を運ぶ段階から、子ども達は率先してお手伝いをしてくれた。

 雨も上がり、お天気は快晴。急遽、駐車場でプログラムを行うこととなった。

 大きな紙を広げて思いっきり、自由に色をならべ始めた子ども達。

 プログラム終了後、「あ〜、久しぶりに発散した!」と鼻歌まじりにご機嫌な子。「すごく面白かったよ!」と目をキラキラさせながら報告に来てくれた小さな男の子。震災後、機能しなくなった施設と合体して運営をしているというこの施設。正直現状はとても難しいそうだ。

■宮城県気仙沼市 避難所(活動内容:Happy Doll Project)

 旧保育所を、避難所にしているこの施設。避難所で生活をすることが難しい体調の高齢者が10名ほど集まっている。

 バラバラにあったテーブルを一つにつなげて人形作りを開始した。

「私、作らない」と言っていたおばあちゃん。他の人が作った人形を見せてあげたり、布地を広げてみたりしているうちに、赤い布地でてるてる坊主を作ってくれた。それで終わりかと思いきや、リボンを首にまき、ボタンを目に見立ててボンドで接着。最後には「髪の毛」ということで黒いフェルトを東部に貼り付けていた。なんというクリエイティビティ!

 昔、マグロ漁をしていたという男性。一緒にマグロを作りましょう!という呼びかけに「う〜ん」と唸っていたものの、その色は違う、とかその形は違うとかマグロ熱が飛び出してきた。

 彼らの多くは最初やる気がないと言っていた。それでも皆さん海と共に生きてこられたのだろう。魚やイカなどの海にまつわる人形を見せてあげると、やる気を出してくる人が多かった。例え津波で家を失っても、昔から海と共に生きてきた彼らの思いが垣間見えた気がした。

 それぞれが力作を作り終えた後、施設の職員さんも交えながら一つの大きな机を囲み、用意していったコーヒーを飲みながら談笑をした。さっきまで他人に目もくれなかったお婆さんが、皆にコーヒーが入っているか気配りをはじめた。そんな様子を見ながら施設の職員の方が私にこう言った。「作業後も、作ったものを話題にして会話ができるのがいいですね。本当に素晴らしい活動だと思います。頑張ってくださいね。」

 震災から3ヶ月、仕事もお金も物資も、時と共に必要なものは変化をしていた。そんな中で以前より強く身にしみて感じたのは、人と人との繋がりへの渇望であった。

 先日、電車の中で耳にした言葉。「自制ムードも和らいできたからさぁ、そろそろパーッとやろうぜ」

 彼等にとって「自制」とは「ムード」であったのであろうか。

 全てが混ざり合い、異臭を発し、どうしようもなく取り残されている家の骨組み。今この瞬間も同じ国内に存在している「あの風景」を見たこの感覚を「自制ムード」では片付けるのは私にはまだ難しい。

 被災地は今も被災地であり、日本は今も被災国である。そう心で感じた。

ARTS for HOPE
事務局スタッフ 加藤尚

ARTS for HOPE(アーツ・フォー・ホープ)
http://artsforhope.info/

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