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稼いでも稼いでも持って行かれる所得税。どうしたら税金を減らせるだろうか、こんなものなければいいのにと、誰もが思ったことがあるだろう。勝つためにはまず敵を知れ。温故知新、歴史的に見ると所得税は、実際ごく近代まで存在していなかった。 そもそも米国の独立戦争の主たる原因となったのは英国の米国に対する重い植民地税だった。米国の税制の輪郭が比較的はっきりしてくるのは、1776年の米国独立以降のことだ。当初は人頭税(Poll Tax, Capitation Tax)と呼ばれるものが存在し、各成人男子に対して一定額の租税の納付が義務付けられていた。しかし、十分な税収の確保が難しいこともあり、やがて人頭税に代わる安定した税源として関税(Tariff,Customs Duty)が重要な役割を果たすようになった。その後、連邦政府の活動範囲は拡大を続け、財政需要も増大し、新たな税源として1791年に酒類に対して流通消費税(Excise Tax)が導入され、その後、砂糖、塩、たばこなどに対象が拡大された。 こうした租税の賦課・徴収の効率をはかるため、1792年には現在のIRS(Internal Revenue Service 米内国歳入庁)の前身、Bureau of Internal Revenue(内国歳入局)が創設された。IRSは事実上日本の国税庁にあたるが、内国歳入庁という呼び方には意味がある。Internal Revenueという名の通り、内国税収を基本としており、関税は管轄が別で、関税庁(Customs Service)が取り扱っている。ちなみに現在、流通消費税の中でも酒、たばこ、銃火器についてはIRSではなく、ATF(The Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives)が取り扱っており、その他のガソリン、タイヤ、オイル、電話サービスなどに対する流通消費税についてはIRSが取り扱っている。 戦争と税金には密接な関連がみられる。南北戦争の発端にもやはり税金がからんでくる。工業の発達した北部は他国の製品に対抗するため、関税を高くする保護貿易政策を主張し、南部はプランテーションによる製品の輸出を伸ばすために関税を低くする自由貿易を主張した。そして南北戦争の勃発により、連邦政府は戦費調達という膨大な財政需要のために新たな税源として所得に目をつけた。そして1862年に初めて所得税が導入された。時の大統領アブラハム・リンカーンは奴隷を解放してくれたが、彼は人民に所得税という足かせをはめてくれたのだった。 リンカーン大統領によって初めて導入された所得税は1862年の所得税法では、年収600ドルから1万ドルまでが税率3%、1万ドルを超えると5%というもので、南北戦争中に所得税を実際に支払った納税者は人口の1%程度に過ぎなかったという。当時、一般庶民にとって所得税は事実上無縁のものだった。実際、戦費のほとんどは国債でまかなわれ、所得税の貢献は小さかった。そしてもともと戦費調達を目的としていた所得税は、南北戦争終結後、1872年にいったん廃止された。 そののち、南北戦争後の復興、連邦政府活動の拡大など旺盛な財政需要に応じるため、所得税は1894年に再び導入された。しかし、この所得税は翌年、連邦最高裁判所により違憲無効との裁定が下された。当時の憲法第一条では、「人頭税あるいは他の直接税は、国勢調査もしくはその他の人口算定に基づき人口比例せざるかぎり賦課されず」となっており、所得税は直接税であり、人口比例という憲法上の要件に抵触するため違憲とされた。 所得税導入のためには憲法の改正が必要となり、1913年に憲法修正条項16条が成立し、これにより、連邦レベルでの永続的な所得税の導入が可能となり、近代的な所得税が確立された。 翌1914年には第一次世界大戦が勃発した。米国は1917年にドイツに宣戦するまで中立を守り、連合軍に物資を供給することで膨大な利益を収め、国際政治のうえで指導的な地位を占めることとなった。所得税収も爆発的な伸びをみせ一躍連邦税収の主役となった。1913年当時、個人および法人に対する所得税は総税収の10%を占めるのみだったが、1920年には73%を占めるに至った。またこの7年間で総税収は約16倍にも及んだ。 その後、次に税収が飛躍的に伸びるのは第二次世界大戦の時期だ。1941年には太平洋戦争が始まり、その財政需要に応じるため、1943年に連邦政府は近代的な所得税の源泉徴収を初めて導入した。これにより少しでも早くかつ確実に税収を得ることが可能となり、税金徴収の効率が非常に高まった。 所得税の最高税率の推移を見ると(下記の表参照)、日本ではあまり知られていないことだが1980年代初めごろまでは恐ろしく高くて、低くなったのは1982年以降のことだ。第一次世界大戦や、第二次世界大戦の頃、そして朝鮮戦争のころは最高税率が跳ね上がっている。逆に、1929年の世界大恐慌の頃は極めて最高税率が低い。1971年から1981年の間は累進課税の段階が15段階もあったが、1982年に12段階に減り、1987年のレーガン大統領時代には5段階になった。現在は10%から35%の6段階になっている。 これらは連邦所得税の話で、米国は合衆国であり、50州が一つ一つの国のようなものなので、ほとんどの州では州独自の所得税法があり、州の所得税が存在する。ちなみにアラスカ州、フロリダ州、ネバダ州、サウスダコタ州、テキサス州、ワシントン州、ワイオミング州の7つの州では州の所得税が存在せず、ニューハンプシャー州とテネシー州では配当所得、利子所得に限って所得税が存在する。州の所得税のほかに、居住地、勤務地によっては市町村レベルの所得税が存在する場合もある。これらが、連邦所得税のほかに課せられて、毎回、給与から源泉徴収される。このようにして制度化された所得税は今日のもっとも安定した税源となっている。 【米国個人所得税の最高税率と税収の推移(Source: IRS)】 年 最高税率 税収 1913 7.0% 3,900 1914 7.0% 4,000 1915 7.0% 4,600 1916 15.0% 6,299 1917 67.0% 13,652 1918 77.0% 15,925 1919 73.0% 19,859 1920 73.0% 23,736 1928 25.0% 27,338 1929 24.0% 26,692 1930 25.0% 17,047 1939 79.0% 25,363 1940 81.1% 40,155 1941 81.0% 63,433 1942 88.0% 85,780 1943 88.0% 106,555 1944 94.0% 116,465 1945 94.0% 120,009 1946 86.45% 134,083 1950 91.0% 179,148 1955 91.0% 248,974 1960 91.0% 316,141 1965 70.0% 432,344 1970 71.75% 639,358 1975 70.0% 962,887 1980 70.0% 1,642,346 1985 50.0% 2,401,034 1990 31.0% 3,439,402 1995 39.6% 4,230,493 2000 39.6% 6,423,986 2005 35.0% 7,531,892
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