海外レポート/エッセイ
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肥和野 佳子(ひわの よしこ)   国際税務専門職
ニューヨーク、マンハッタン在住。国際税務専門職。東京大学大学院法学修士。1988年から米国在住。1990年、米国の大手監査法人KPMG入社。監査部門で2年経験後、税務に従事。2000年よりEASTON, Inc.経営。
第29回 「サマー・インターン」
配信日:2010-08-24
 米国の大学生や大学院生は6月から8月の3ヶ月の夏休みの間に何らかの就業経験を積む人が多い。特に最終学年では就職活動の一環として行われる。サマー・インターンの仕事は様々で、組織や職種により有給のものも無給のものもある。わたしはここ数年間、ある国際機関の税務部で夏のプロジェクト仕事を請け負っている。それは、その国際機関が雇ったサマー・インターンたちの職務指導をする仕事だ。税務部の職員と私とでおよそ3か月のあいだ週5日毎日指導するのだが、毎年とても興味深い。 国際機関ということで、職員は米国在住の外国人が多く、インターンに応募してくる学生たちも外国人がほとんどだ。今年は会計学専攻の大学生及び大学院生が13人雇われたが、内訳は中国人(中華人民共和国)6人、韓国人1人、ウクライナ人1人、インド人1人、ギニア(アフリカ)人1人、米国人3人(内1人は米国生まれの中国人)。女性9人、男性4人だ。このうち、中国人女性の2人は去年の夏にもサマー・インターンとして雇われた大学院生で、大変優秀だったのでリーダー格としてまた来てもらった人たちだ。時給は15ドルで、2年目のリーダー格のインターンの時給は20ドル。

 初めての学生は教科書で習う程度の基礎知識はあるが、実務はまったくの素人で、それを一から指導する。ここで3ヶ月サマー・インターンを経験して仕事がよくできれば、就職を希望する大手の監査法人や会計事務所に履歴書を送るとき、よい推薦状を書いてもらえるので、この国際機関はサマー・インターンの働き口として学生からの評判は結構よいらしい。この国際機関に就職する学生も少しはいるが、なにしろここは非営利組織で公務員的なところなので、会計学専攻の学生が初めて就職する勤め先としては、あまり多くの経験が積めるような就職口ではないので、それほど希望者はでない。

 過去の例では、ここでインターンをした学生たちの何人かは、米国で「ビッグ4」と呼ばれる巨大監査法人(プライス・ウォーターハウス、アーンスト&ヤング、デロイト・トゥーシュ、KPMG)やその他大手の監査法人や会計事務所に何人か就職を決めている。今年は、去年優秀で今年も来てもらっている二人の中国人女性がすでに就職を決めていて、一人はKPMGで、もうひとりは、大手ヘッジ・ファンドの税務部だ。彼女たちは大学院は5月にすでに卒業していて、この秋から就職先で働き始める。

 インターンとして少し使ったくらいで、優秀かどうかわかるのかと思うかもしれないが、この業界は特殊なので、実はかなりはっきりわかる。監査業務に関しては会計学の学業成績とかなり密接な関係があり、学業成績がよくないと面接の機会も得られない。税務に関しては必ずしも学業成績がよくても実務はいまひとつというケースもある。実務が優秀かどうかは、ここのサマー・インターンに関して言えば、過去の例から毎年そうだが、だいたい2週間で差が出て、3週間使えば、誰が優秀で誰がこの仕事に向いていないか、はっきりわかる。3ヶ月仕事は続くのだが、最初のこの結果が変わることはほとんどなかった。

 たとえば、今年一番優秀な学生Aは、ものすごく注意深いタイプで、間違いがめったにない仕事をする。インストラクションをよく読んで、どういうふうに税額が計算されるのか自分である程度分析し、いろいろなケースが出てくるのだが、こういう場合はどうするべきか自分でよく考えて判断し、判断の根拠もちゃんと記録に残し、出来上がった仕事は正しくできているかしっかり自分でセルフ・レヴューをしてから私に提出するので、ほぼ完璧なものが出てくる。間違いがあったとしても、初心者としてはリーズナブルな間違いしかない。

 こういうふうにしっかり考えながら注意深い仕事をすると、最初は仕事のスピードが遅くて、ほかの学生たちに比べて、出来上がった仕事の量が少なく、プロダクティビティーは劣ったが、それは慣れればスピードアップするのはわかっていたので、問題にならなかった。2ヶ月目に入るとだんだん仕事の内容も複雑になってくるので、これはちょっと難しいなと思うような仕事は学生Aにやらせた。するとたいして教えもしないのに、見事にやってのけた。これには感心した。

 逆に、学生Bはプロダクティビティーは高くて、仕事がえらく早いのだが、間違いだらけのものを平気でボンボン出してくる。出来上がったものをみればすぐわかるのだが、要は何も考えずに、目の前にある山をとりあえずかたづけたくて、適当にインプット作業をして、出来上がったものが正しくできているかセルフ・レビューを全くせずに出してくる。ケアレスミスが極めて多く、何をやらせても注意深さに欠ける。仕事の中身に対する理解度も低い。最初の10日くらいで問題ありの学生だということはわかったので、なんとか鍛えてあげたいと思って、特に細かく指導したのだけれど、いくら言っても自分のやった仕事をきちんと見直すという習慣がないようで、スロッピーな(不注意な)性格は変わるものではなく、4週間しても改善が見られなかった。

 今年はもう一人、学生Cという例年になく出来の悪い学生がいて、普通は「ここが違うから、こう直すように」と指導すれば、その通りに訂正されて仕事が完成するのに、この学生は間違いを何度たっても正せないで、行ったり来たりが多くて、仕事がちっとも終わらない。仕事の理解度も、プロダクティビティーも、クオリティーも低くて、どうしようもなかった。こんなにひどいと民間企業なら、いくらインターンといえども解雇だが、この国際機関では、この夏のプロジェクト仕事が始まった2002年以来、サマー・インターンを過去に解雇したことはないので、最後まで我慢強く使った。

 出来が悪かった学生もこの業界には向かないというだけで、ほかの業界やほかの仕事では本来自分がもっている力を発揮できるところがあると思う。実際、彼らは明るい性格で、テクノロジーに強いとか、なんらかの良いところを持っていて、それなりに自分に自信を持っている。ただ、別の業界に進んだほうがよいというだけだ。進むべきでない方向に進むと将来ろくな結果にならない。学生のうちに就業経験をして、自分の適性をためすというのはとてもよいシステムだと思う。

 もっとも、いったん就職をしても35歳くらいまでの若いうちは、2〜3年勤務したら別の会社に移るのが普通で、それまでの就業経験を売り物にして、どんどん自分が進みたい方向へと歩んでいく。また、経営学大学院へ行ってMBAを取得したり、ロースクールへ行って弁護士資格を取ったりする人もいる。

 ちなみに米国の弁護士資格はロースクールで一定の法知識を学び、弁護士試験で一定の得点を取れば誰もが合格する性質のもので(合格率7割)、弁護士として最低限の知識をもっていることを証明する資格にすぎない。必ずしも日本でみられるような「弁護士」業務につくことを前提としたものではない。弁護士業務を全くせずに、普通の会社勤務をしたり、公務員や非営利団体に就職したり、政治家を目指したりする人も多い。弁護士のクオリティーは弁護士のマーケットで競争的に淘汰される仕組みになっているので、毎年米国弁護士資格を持つ人が大量に生産されても、米国では問題にならない。

 人はいろいろな経験を通して、自分が進むべき方向を見極め、必要ならば思い切ったキャリア・チェンジも試み、そして仕事と家庭のバランスも考えて、キャリアライフを送る。労働市場の流動性が高く、労働市場への出入りが容易だと、多様なライフスタイルが可能となる。常に競争にさらされて厳しいが、なかなかうまくできていると思う。

 ところで、この国際機関はほんとうに、公用語が英語という感じのところで、従業員の間では英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語と様々な言語が毎日飛び交っている。母国語が同じ人は母国語で話している。しかし、言語が違う人が混じると、英語で話す。仕事で使う言語はもちろん英語のみだ。

 この夏の間、この国際機関で、仕事上毎日私のデスクの近くは、マンダリンと英語では呼ばれる中国語(北京語、標準語)と、カントニーズと呼ばれる中国語(広東語:香港や広州で話される)の3人の中国人女性に囲まれていた。一人は北京語の人、一人は広東語の人、もう一人は両方わかる人。毎日しょっちゅう北京語、広東語が飛び交う。

 わたしは数年前に、こういう環境がせっかくあるのだからと、自分でCD付の中国語の学習書を買って勉強したことがあったので、それを思い出すためにも毎日、北京語と広東語の片言を使って彼女たちと時々会話を楽しんだ。少しでも中国語を話すととても喜んでくれて、人との距離がぐっと近くなるし、言語は好感をお互いに持つことにとても役立つ。この夏いろいろ新しい言葉も習った。「四是四、十是十、十四是十四、四十是四十」という中国語(北京語)の早口言葉も教えられて盛り上がった。練習してもなかなかうまく言えなくて、「中国人でもうまく言えないんだから大丈夫」と言ってなぐさめてくれる。

 仕事ばかりやっていては、インターンもうんざりしてくるので、ときどきこうして外国語や、冗談を言い合って、楽しい雰囲気で仕事を進めるのが、この国際機関のやりかただ。過去のサマー・インターンたちがどのように就職先を見つけたかとか、私が特にKPMGでのワークライフの経験談をすると、みな興味深深で聞く。中でもこの秋からKPMGに就職が決まっている中国人女性は、私から根掘り葉掘り聞きたがった。

 先日はサマー・インターンの仕事終了の打ち上げランチだった。金曜日の午後(就業時間中だが、OKなのだ)、マンハッタンのチャイナタウンにある鹿鳴春(Joe's Shanghai Restaurant)へ、地下鉄に乗ってみんなで行った。このレストランは飾り気がなく見かけは何のへんてつもない上海料理のレストランだが、特に中国人の間ではたいへん評判のよいレストランで、中国の有名人なども来るそうだ。特に小龍包がおいしいと評価が高い。その名物の小龍包は実においしかった。スープに生卵液がかすかに混じっていて、実にまろやかで上品な味だった。

 もうすぐ夏が終わる。インターンたちともお別れだ。卒業生を送り出す先生の気持ちというのはこういうものかなあと毎年思う。サマー・インターンたちの将来に幸あれ。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT