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今年ももう終わりです。今年1年はどんな年だったかと振り返ってみると、わたくしたちのアタマに浮かぶのは、犬を飼った思い出であります。いまさら昔の話を始めるのもなんですが、今年も暗い話ばかり書いてきましたから、ま、年の瀬に軽い話をお聞きください。
どこのお子さんも同じかもしれませんが、拙宅の娘もながいあいだ犬を飼いたいといっていた。散歩にでて犬に逢うと、歩み寄ってはアタマをなでる。飼い主と話し始める。去っていく犬を、じっと見送る。まあ、そういういたいけなジェスチャーが続き、とうとうこちらはコン負けし、まあ、娘は戌年生まれで去年は年女だったし、ペットでもいれば我が家のマンネリ化した怠惰な生活の句読点になろうかと、それで犬を一匹飼うことにしたのであります。
けれども、犬を選ぶというのはなかなかに大変な作業であります。家族のうちで誰が究極的に責任を持つのか、つまりごはんをやり、散歩に連れ出し(雨が降っても、風が吹いても)、散歩の途中のウンチを処理する、病気になれば看病する、そもそも病気にならないように気をつける……。そういう基本的な責任体制への結論が出ず、かつ、どんな犬がいいのか家族で民主的なコンセンサスができないまま、時間は経ち、いつのまにか季節は春になっていきました。
犬については、娘はテニス気違いですから彼女のトレーニングにも役にたつようなメイトであることが望ましい。つまり、朝早く娘をベッドから引きずり出し、一緒にけっして狭くはない村をぐるっと走ってくる。もしも我が家に「狼」が生息するとするならば、暖かい茶の間にぬくぬくとうずくまる飼いならされた怠惰ではなく、ジャック・ロンドン風な荒野の呼び声をもつ野生であるべきなのであります。女房と娘は、図書館で借りてきた本とかインターネットでの検索とかで、気に入った犬を絞っていきました。ラブラドールやダルメシアンもかわいいけれど、これらの犬種はヨーロッパでもブームとなり、けっきょくは大量生産されてしまって、いまでは駄犬も多いのだという。ブランドものも大量生産されると本来の性能が薄まってしまうのは、犬でもハンドバッグでも同じだということであります。
さらに、吠えてばかりいてうるさいのはだめ、アタマが悪くいわれたことがすぐ飲み込めないのはだめ、そしてアジリティ(敏捷さ)に長けていないのはだめ、と消去法でつぎつぎに消していき、たどりついたワンちゃんはボーダーコリーという種類でありました。 ボーダーコリーは牧羊犬であります。黒い毛で覆われているが、鼻やシッポの先とか足元が白く、どうにも雑種と間違えられるという宿命を持ったワンちゃんであります。
オランダで犬を手に入れるには、ペットショップで探すよりも実際に犬を育てている「ブリーダー」に直接コンタクトするほうが多いようです。ブリーダーがどこにいるかは、近所の獣医さんに尋ねてもいいが、インターネットで探すこともできる。もっとも、ブリーダーにコンタクトしても希望の犬種がいつもいるとは、あたりまえですが、ありません。そこで新しく生まれるのをじっと待つか、ほかのブリーダーへメールを入れ直すかとかするのであります。人権ならぬ犬権に多大の関心を寄せておられる方ならば、保健所、というか動物レスキューセンターみたいな所を訪ねて、捨て犬を引き取ることもできるということです。
ネットを検索していたら、ボーダーコリーが6匹生まれましたというメッセージにぶちあたりました。それで早速メールをいれ、ある春の晴れた週末、オランダの南、ルアモンドという村まで、わたくしどもは子犬を見に行ったのであります(オランダの南地方というのは、人柄が穏やかでけっしてあわてることなく、のんびりとしたライフスタイルのひとたちであります。ようするにカントリーなライフスタイルであるが、そういうところに生まれた犬というのにも、その穏やかな性格がうつっているように、わたくしたちには思えたものです)。
犬は生まれてもすぐに買い手には渡されません。8週間ほどはブリーダーのもとに(つまり母親のもとに)おかれる。その間にブリーダーは犬を登録し、身分証(パスポートとよばれる。ヨーロッパの他国へ旅行する時は、飼い主はこの書類をもって歩かなければいけない)を入手し、予防注射やほかの保健の手続きをすませてくれる。子犬はそのあいだに母親から独立するのであります。
かくしてワンちゃんは2ヶ月後、すなわち初夏になって我が家へ引き取られてまいりました。彼女(わたくしたちはメス犬を選んだ)は、アイリッシュ系のボーダーコリーで、血統書によると5代に遡る。雑種に見えてもほんとうは純血なのよというところが、わたくしたちは気に入った。イギリスの「ボーダーコリー協会」発効の血統書には5代にわたる先祖の名前が記されております。
名前はどういう理由か、娘がユズとつけました。日本語の柚子ですが、意味はどうあれ、オランダ人も発音しやすい名前で、テニスクラブでも散歩で出会うひとも、みんな、Yuz, Yuz, とすぐ覚えてくれました。
ユズの登場でわたくしたちも村の愛犬グループの仲間入りをし、拙宅の生活圏が大きく広がった。
まず、散歩である。朝晩犬を連れて村を歩いてみると、実にいろいろなタイプのオランダ人に出会う。あいさつついでに話し込む気さくなひともいれば、ブランド犬を自慢げに、つんと歩いていくひともいる(「あなたのは雑種ね。ウチと一緒に歩かないでよ」)。訓練されてしつけのいい犬もいれば、行儀悪く走りまわり、革ひもが電信柱にからみついて、クビからブレーキがかかるおっちょこちょいな犬もいる。それはそれはおもしろいひと模様と犬模様であります。
夕方の散歩のコースには、ワンちゃんたちとその飼い主たちが集まって、犬を放して遊ばせながら世間話にふける公園の一角があり、わたくしたちも、若いお母さんの公園デビューとおなじように、仲間に混ぜてもらいました。この公園の交流を通じて、わたくしたちも、犬がいなければ出会うことのなかったような村の住人と知り合いになった。
いろいろな話が聞けて楽しい勉強にもなるのですが、聞いてみると、ヨーロッパでは犬の扱いも国によってさまざまだということを教わった。たとえばオランダやフランスでは、犬をレストランやお店に連れて入ってもいいことになっている。食事をしていると隣の犬のしっぽがこちらの靴をなでている(靴磨きをしてくれている)ことがしばしばあるものです。だが、スペインにいくと、犬は戸外で生息することになっているのだという。犬を(人間の)公共の場に入れてはいけないことになっているらしいです。
また、南欧の国々(スペインやポルトガル)はペットへの関心が粗雑で、マドリードやバルセロナにいくと、町の中を野良犬がうろつき、捨て犬がはびこっているのだという話です。わたしの犬はスペインの捨て犬だったのだ、それを拾ってきたのだという話が、わたくしたちの村にけっこう多いのに驚いた。
カウンセラーをしているおばさんの犬は、その昔、ドラッグ中毒者のうちに飼われていて、餌も満足に貰っていなかったのだという(ときにドラッグを与えられてもいたらしい)。中毒者一家が警察に連行された後、犬は取り残されたが、こちらもよれよれだったという。カウンセラーとして同席していたおばさんは警察に「犬は射殺するか、さもなくばあんたが引き取るかだ」といわれ、それでわたしが引き取ってきたのよと言っておりました。ワンちゃんは、はじめはひとも環境も怖がっていたが、いまではやっと打ち解けるようになり、のんびりと散歩に出かけられるくらいに市民化したのだという。オランダらしい話であります。
さて、ボーダーコリーですが、この犬は非常に賢い犬と言われております。しかし、犬であっても教育を施さなければ、賢さは埋もれてしまいますね。ダイアモンドと同じように、磨かなければ光ることはない。そこで、我が家はダイアモンドをしっかり磨くために、週2回、犬の訓練学校(Honden School という)へ通うことにいたしました。訓練は、月曜日と金曜日の夕方、村のはずれの消防署の庭でおこなわれるのであります。集まりには、シェパード、ボクサー、チワワなんぞ10頭くらい大小さまざまな犬が集まる。
訓練は、歩き方から始まり(オランダでは犬はひとの左側を歩くと決まっている)、立ち止まり方を教わり、犬同士のすれ違い様の儀礼、たとえば「吠えてはいけない」「すぐお尻を追っかけてもいけない」などと、まったく男女のエチケットと同じことを教わるのであります。
立ち止まり方は、すなわち「おすわり」であります。とくに通りを横切るときに走り出しては危険なので、犬は座ることを覚えなくてはいけません。我が家はそれを「Sit!」と「Stay!」と英語で教えた。そして何が起こっても、飼い主が「Go!」と言うまで、犬は動いてはいけないのです。
飼い主は、犬をおいてさっさと道を横切り、道の向こう側へ行ってしまう。犬は釣られて一緒に歩いて渡りそうになるが、止まっていなくてはいけないのです。上級の訓練になると、道を渡ったあと、ひとは角の向こうに姿を消す。イヌには飼い主が見えなくなってしまう。それでも飼い主の「Go!」が聞こえない間は、その場を動いてはいけない。
これは基本的な訓練ですけれど、犬にとってはけっこう抽象的な課題でありますね。ですから、飲み込みの早い犬もいる反面、集中できず、まわりにばかり気を取られて、いつになってもおすわり一つできない犬もおります。みていると賢い犬の飼い主は得意満面だが、おすわりをしない犬の飼い主は、きまり悪そうに犬のクビひもをひっぱったり、怒鳴りつけたりしている。こういうところにでると、どうしてもよそに遅れるのは、きまりが悪いのですね。教育ママと同じであります。いつまでたっても覚えの悪い犬は、やがて訓練に出てこなくなります。12回のトレーニングで、最後まで残ったのは7組でした。
こうして夏が終わる頃には訓練も終わり、我が家の生活はユズを中心にまとまりを取り戻し、生活のテンポもできあがってきたのでした。
犬の成長ははやいものです。わたくしたちはユズのケージを大きくし、散歩も海岸へ行ったり砂丘へ連れて行ったりと行動範囲を大きくしていきました。だが、彼女はなにか落ち着かない、落ち着いた風情がないのです。散歩も距離をふやし、庭ではフリスビーやボールで遊び、海岸に行ったときは首輪を外し、思いっきり走らせる。運動はたっぷりしているはずなのだけれど、落ち着かないのです。
くたくたに遊んで帰ったあとでも、ウチの中ではなんとなく居心地が悪そうなのです。なんのフラストレーションがあるのか、わたくしのロッキングチェア(ケネディ大統領が座っていたのと同じデザイン)をかじって、椅子の足をぼろぼろにしてしまった。そのことはわたくしにも大きなショックでありましたが、それで、わたくしたちは彼女の存在について考えはじめたのであります。
そんなある日、テレビを見ていたら、「牧羊犬のコンテスト」という番組をやっていた。番組は、スコットランドのそれはそれは広い牧草地を、ボーダーコリーが先導して、羊の群れを囲い込んでいくコンテストでありました。20頭か30頭ほどの羊の群れを、ボーダーコリーが一頭で目標の地点まで誘導してくるのであります。羊の群れの前を走り、横に回り、うしろから追い立てながら、彼らは地平線の向こうから羊の群れを、じつにのびのびと、かつ正確に、こちら側まで連れてくるのである。
この訓練をみて、わたくしたちは気がついたのです。ボーダーコリーは、ワークドッグなのだ。ひろい牧草地を思う存分走り回っていなければいけないだけでなく、あたらしい仕事を与えられ続けていないといけない犬なのです。スコットランドのような丘陵地帯に住んで、一日中激務を与えられているのが、一番幸せなのだ。仕事をこなし続けるのが生き甲斐という、そういう種類の犬なのですね。
わたくしたちも相当に努力をしたのだけれど、結局、彼女のエネルギーには追いつくことがきなかったようであります。いろいろな遊びを工夫して一緒にやったけれど、彼女のパワーはわたくしたちをはるかに上回っていた。遊びはパターン化し、繰り返しになってしまった。ユズは、どの遊びにも飽きてしまったのです。
ケージに閉じ込めて、ユズを観賞用のペットに仕立てることもできないことではなかったけれど、それはユズの幸せではないのですね。わたくしたちには結局、ボーダーコリーを飼う資格がなかったのかなあ。そう気がついて、わたくしたちは彼女を里子に出すことにしたのであります。
受け取ってくれた家族は、ドーブさんといって、ハーグ郊外の運河沿いにそれはそれはひろい牧草地をもつオランダ人一家でした。週末にお互いを試したい(つまり、お見合いをしたい)といってユズを連れて行き、月曜日になって、「気に入ったからおいておきたい」と電話をくれ、ユズはドーブ家にそのまま居残ったのであります。
ユズがそのようにあっけなくいなくなってしまったので、我が家はしばらく抜け殻のような状態が続きました。帰宅して、ソファにうたた寝をしているユズを、「どけ!」と追い落とすことがわたくしの日課となっておりましたが、帰ってきてもソファには誰もいない。二階で寝ていると、ユズがチャッチャッチャッチャッと爪の音をさせながら階段を上ってくる。寝室にやってきて、どかーんと毛布の上からわたくしを押しつぶす。そういうことが、みんな突然無くなってしまったのであります。
わたくしたちは、ユズのことを忘れる努力をつづけました。でも、彼女はいなくなって逆にその存在感を増していったのでした。わたくしなんぞは何度も彼女の夢を見たし、眠れないときに天井を眺めていると、天井のシミがユズに見えてきたりするのでありました(こういうのをロールシャッハ・テストといったな)。
秋のある日、わたくしたちは思いあまってドーブさんに電話をし、ユズに会いに彼らの家を訪ねました。ユズが不幸な毎日を送っているのではないか、もとの家に帰ってきたいと思っているのではないか、ドーブさんたちもユズをもてあましているのではないか、そうしたら、ま、しかたがない、引き取ってくるか……などと、せこい、でもわかっていただけるでしょう、期待をひそかにもって、わたくしたちはドーブ家を訪ねたのでした。暖かい日で、ドーブさんは庭にテーブルを出し、お茶を入れてくれた。わたくしたちは庭でお茶をごちそうになりながら、ユズと会ったのです。
だが、ユズはすっかりドーブ家の犬になりきっていて、わたくしたちには目もくれず、庭を走り回っておりました。娘が呼んでも寄ってこず、ドーブさんの子供たちと、ひろい庭を縦横無尽に、戯れ続ける。それは、わたくしたちにとって、とくに娘にとって、寂しいことでしたが、でも、ユズがボーダーコリー本来の生活をしていることを見て、嬉しかった。
小一時間ほどして、わたくしたちはおいとますることにした。ユズは向こうの方で子供たちと遊んでいるので、わたくしたちはなにも言わずそっと出て行くことにして、垣根を抜けていきました。自動車に乗り込もうとしたとき、ユズは突然遊ぶのをやめ、全速力でこちらへ走ってきたのです。だが垣根の柵は狭すぎて、ユズはすり抜けることができない。前足を掻いて抜けようとするのですが、抜けられないでいるのです。でもね、きみはもうドーブ家の犬なんだよ、そこに居なさい、そういうつもりでわたくしは「Stay!」と一言言った。それを聞いてユズは足を掻くのをやめて顔を上げ、垣根の向こう側におすわりをし、だまってじっとわたくしたちを見送ってくれたのです。
それは、わたくしたちが「吠えてはいけない」「言われるまで、動いてはいけない」と教えたことそのままで、ユズはよそのうちにもらわれていっても、わたくしたちに教わったことをちゃんと覚えていたのだなあ。リアウインドーの中におすわりをしたまま遠く小さくなっていくユズを見続けながら、「最高の見送りを受けたね」と、わたくしたちはじつにいい気分になったのであります。
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