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Q.151
配信日:2001年03月05日
金融の健全化がG7の蔵相・中央銀行総裁会議でも話題になり、ここへ来て日本政府
も、銀行に不良債権処理を積極的に促す姿勢を見せています。間接償却から直接償却
へという論議もその一つでしょう。全銀行の不良債権がどのくらいあるのか、わたし
には見当もつきませんが、本当に不良債権の抜本的な処理が実行された場合、どうい
ったことが起こるのでしょうか。たとえば、失業率は上昇するのでしょうか。
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寄稿家:
小林慶一郎
の回答
独立行政法人 経済産業研究所研究員
「不良債権の重荷を経済から早く除去しなければならない。その際にはマクロの金
融緩和等で経済を下支えすることも必要かもしれない」という見解が最近広がってき
ました(2月28日の日銀政策委員会もそういう主張になっています)。私自身もま
ったくそのとおりだと考えます。そこで、今回の質問のように、「不良債権の抜本処
理を進めたら、社会にどのような影響があるのか」ということが重要な問題となって
くるのですが、それを考えるときには既成の固定観念やイメージに囚われて議論が歪
められたりしないように、注意深い議論をしなければなりません。
たとえば、不良債権の直接償却を進めると、連鎖倒産や大量失業によって、社会が
大混乱に陥る、(だから不良債権の抜本処理など不可能だ)、という人がいます。し
かしこの議論は二つの(必ずしも正しくない)固定観念に囚われているというべきで
す。固定観念とは、
1)「不良債権の直接償却 イコール 企業清算(倒産)」
2)「法的企業再建手続(倒産手続) イコール 企業の死(清算)と全社員の解雇」
というイメージです。また、逆に「不良債権の直接償却が、債務者企業の倒産を意味
しない」というと、債務者を倒産もさせずに不良債権を直接償却するということは債
務免除であり、徳政令ではないか、(だからそんなことはやるべきではない)、とい
う議論もあります。つまり
3)「債務者の倒産なしの不良債権直接償却 イコール 徳政令」
というイメージですが、これもラフ過ぎる議論だと思います。以下では1)2)3)
のそれぞれについて検討します。
<不良債権の直接償却の定義>
不良債権の直接償却とは、銀行が「返済の見込みがない貸出」を会計上「損失」と
認識し、銀行の資産から切り落とす(損切りする)ことです。 つまり、 銀行は特別
「損失」を立て、当該貸出に対する権利を放棄します(債権放棄)。債務者サイドで
は、企業の負債から、当該貸出が消滅することになります。注意すべき点は、この処
理は「返済の見込みがない貸出」に対してなされることである点です。つまり、不良
債権の直接償却は、同じ銀行から同じ企業に対する他の貸出についてまで、融資を打
ち切ることを必ずしも意味しません。
しかし、通常、銀行が債権放棄を行うことと引き換えに、債務者企業は、通常、厳
しく責任を取らされることになります。その結果、多くの場合、不良債権の直接償却
(=銀行の債権放棄)と引き換えに、債務者はペナルティとして倒産させられるわけ
です。しかし、経済的には、倒産以外のペナルティが望ましい場合もあります。たと
えば、企業の潜在成長性が高く、事業継続が長期的には債権者にとっても(社会的に
も)望ましい場合です。そのような時には、債務者の経営陣の退陣と株主の減資を行
い、銀行が債権放棄と引き換えに新株主となる(債務の株式化)、という処理が望ま
しい場合もあるでしょう。これも直接償却の一手法です。
<1)直接償却は債務者の清算を必ずしも意味しない>
最近、金融庁も強調しているように、不良債権の直接償却は、債務者の不採算部門
の整理を意味するのであって、債務者企業が健全な事業部門を有しているなら、その
事業部門の存続(単独または他社への売却による存続)は望ましいはずです。
たとえば、本業が順調な製造業メーカーが、バブル時に不動産投資に手を出して失
敗したケースを考えてみましょう。不動産投資向けの銀行貸出は、この場合、不良債
権ですが、そのメーカーの本業向けの貸出は健全債権となるはずです。このような企
業は、不動産投資で失敗した分の負債に対する返済負担が本業の設備投資を圧迫し、
放置すれば、重い債務負担で押しつぶされて、本業もダメになってしまいます。
しかし、不動産で失敗した分の負債を取り除いてやれば、本業は十分に成長可能で
あるはずです。
こうした企業については、経済合理的な債務処理は、不動産投資に使われた貸出は
直接償却(債権放棄)によって損切りし、本業向けの融資は健全債権として継続する
ことです。
これが、最近、金融庁が主張している「不採算部門の債務は直接償却し、採算部門
は存続させる」という戦略です。
不採算部門の負債と本業部門の負債をどうやって区別するのか、というような困難
な問題はありますが、不良債権の直接償却は、かならずしも、相手企業へのすべての
融資の打切りを意味するわけではない、という点は重要です。
このとき、債務者企業を倒産(清算)させないで不良債権直接償却をする場合、債務
者に「ペナルティを課さなくて良いのか? あるいは、どのようなペナルティを課す
べきか?」という問題があります。それは3)で検討します。
<2)司法的手続による債務者の処理は必ずしも企業の死刑執行ではない>
これまでバブル崩壊前の日本では、「法的な倒産処理手続(会社更生法、民事再生
法、特別清算など)」に入る前に、経営不振企業を銀行がギリギリまで支え続け、に
っちもさっちも行かなくなってから裁判所に駆け込む、というケースがほとんどでし
た。そのようなケースでは、会社更生手続のような再建型の倒産手続に入っても、企
業の経営状況は「手の施しようがない状態」になっていて、清算するケースが多かっ
たと言われます。
こうした歴史から、日本では「司法による企業再建手続 (倒産手続) =企業の死
(完全閉鎖、廃業)」というイメージが定着しています。
しかし、これはバブル崩壊後には必ずしも正しくない先入観です。さきほどの、健
全な本業を持つが不動産投資で失敗したメーカーの例でいえば、もし早い段階で会社
更生法か民事再生法の更生・再生手続に入れば、健全な本業を継続して、企業再建を
実現できるはずです。実際、多くの企業について、失敗した部分は不動産投資など本
業以外の部分なので、法的手続でそれを除去(直接償却)すれば、本業は立ち直るわ
けです。このような法的企業再建手続が実行できれば、企業資産が投げ売りされるこ
とも少なくなり、社員の大半が失業するという事態も防げると思われます。
ただ、そのような倒産実務が行われるためには、DIPファイナンスの普及とか、
裁判所の姿勢とか、再建型倒産法制(会社更生法、民事再生法)の運用に関わる、様
々な改善が必要になるでしょう。しかし、重要な点は、そうした倒産実務の改善を同
時に行えば、不良債権直接償却を進め、その結果、企業が倒産しても、再建への道が
拓けるため、必ずしも企業の死刑執行にならない、という点です。
<3)企業の閉鎖に代わる適切なペナルティは何か − 企業倒産なき直接償却は徳
政令か>
不良債権の直接償却を進める際に、債務者にペナルティを与えることはなぜ必要な
のでしょうか? 経済学的には債務者のモラルハザードを防ぐため、ということにな
ります(また、道義的には、経営失敗の一義的な原因が債務者企業にある、というこ
とが前提にされています)。そのようなペナルティを課すためであれば、企業の全面
閉鎖や大半の社員を解雇する、というようなことは、必要ではない。つまり、経営失
敗の原因を作った経営陣や、本来その監督をすべき企業所有者(株主)が責任を取れ
ばよいのであって、末端の社員を解雇したり、価値のある事業を清算する必要はない
はずです。
したがって、企業の全面閉鎖ではなく、企業の経営陣に経営責任を取らせ、企業の
既存株主は減資によってコストを負担すればペナルティとしては十分ななずです。も
し本業も利益を生み出せないような会社なら、清算すべきことはもちろんです。しか
し、もし本業がプラスの利益を生みだす潜在力を持っているなら、事業は継続させる
べきでしょう。
<結論: 社会不安を起こさずに不良債権直接償却を進めることは可能>
倒産実務の改善や、不採算部門と採算部門の切り分けなどを容易にできるような政
策とパッケージで、不良債権直接償却を進めれば、直接償却が連鎖倒産や大規模な失
業を招くことを防止できるはずです。
不良債権処理の社会的コストを最小化する政策の「アイデア」(法的倒産実務の改
善やDIPファイナンスなど)はいくつも存在しているのです。「不良債権の最終処
理をやる」という政治的意思さえ固まれば、おのずからそうしたアイデアは、有識者
から提案されるでしょう。そうなれば、いま言われているような「不良債権直接償却
を進めれば、社会が大混乱する」というイメージよりも、はるかに低い社会的コスト
で不良債権処理は完了するでしょう。
もちろん、直接償却の社会的コストは小さくないかもしれないが、みんながあとで
振り返って「あの程度はしかたがなかった」と思えるくらいのコストで済むのではな
いでしょうか。
ただし、不良債権の最終処理を進める際に、デフレ・スパイラルによる大恐慌型経
済破綻が発生しないように、日銀が金融緩和で下支えし、雇用対策、中小企業信用対
策、など下支えの政策が必要になることは当然です。そういう政策とパッケージで、
ダメージをコントロールしながら、不良債権処理を進めるべきなのです。(日銀もそ
ういう覚悟は決めているのでしょう)
あとは、政治的決断とそれに対する国民の支持が形成できるかどうか、という点に
かかっているのではないでしょうか。
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