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Q.147
配信日:2001年02月05日
株安も影響して、銀行の不良債権問題が再び話題に上がるようになりました。金融不
安が再燃したとき、公的資金の再注入が必要になるのでしょうか?
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寄稿家:
小林慶一郎
の回答
独立行政法人 経済産業研究所研究員
年末以来の株安の原因は、「ITバブルの崩壊」とか「米国などの外人投資家の日
本株売り」とか言われますが、本当の主要な原因は、「銀行が(熊谷組などの)過剰
債務を負った貸出先への対応をするため益出しが必要になり、(トヨタ等の)持ち株
を売らざるを得ない状況に追い込まれた」ということのようです。(ちなみに直近で
は外人投資家は日本株を買い越しているとの話もある)
現在議論されている株価対策が「株式市場の需給が緩んでいるのが問題だから、と
にかく株の買いが増えるようにする」という考えで行われるとすれば、このような株
価下落の構造的原因を無視した、皮相的なものだと思います。結核で咳が止まらない
人に対して、「咳が出るのは健康に悪いから、咳止め薬で咳を減らしたらどうか」と
処方するような対症療法にすぎません。(もっとも、株価対策をきっかけとして、企
業の財務戦略手段の多様化を進める構造改革を行う、という発想で出ているアイデア
もあり、金庫株解禁にはそういう思想が含まれています)
問題は、株式市場ではなく、「不良債権処理(=債務超過企業の処理)が完了して
いない(そしてこれからも迅速に完了するめどが立っていない)」という金融システ
ムと産業セクターの両方にまたがる構造的状況なのです。不良債権は放置すれば増殖
する癌であり、時間が解決してくれる性質の問題ではない、というのが過去数年の教
訓でした。
この状況を打開するためには、迅速な不良債権処理を進める必要があり、その過程で、
破綻する銀行の処理や、自己資本が過小になる銀行への公的資本増強、という形で、
ある程度の公的資金を使う必要が出てくる可能性は高いと考えます。(この場合、銀
行と債務者企業の経営責任を納得のいく形でとらせる工夫が必要であることは言うま
でもありません。)
不良債権処理は、銀行が貸倒引当金を積み増すだけでは意味が無く、貸出先企業の
(法的整理による)淘汰または(債務圧縮による)再建を迅速に進める必要がありま
す。つまり、柳沢金融担当大臣がいうように「金融再生と産業再生は車の両輪」と問
題を認識し、覚悟を決めて対処しなければなりません。
ところが、金融監督当局が「大手銀行への資本再注入はあり得ない」と繰り返すの
は、(資本注入が必要になるほど抜本的な不良債権処理はさせない、と言っているか
のようであり)、その覚悟のほどを疑わせるものです。また、「金融と産業の一体的
再生」に(金融監督当局以外の)政府機関がどのように関与するのか、という点は、
きちんと整理しておく必要があります。
<金融監督当局のイニシアティブ>
大事なことは「金融と産業の一体的再生」を進めるに当たって、政府が「必要なこ
とは(先送りせずに)やる」という姿勢をあらかじめ示すことだと思います。
「大手行への公的資本の再注入はあり得ない」と言う場合、「金融と産業の再生」
を押し進めても、なおかつ資本注入は不要だという見込みを持っているなら、世論が
納得できる情報を開示するなり、世の中が安心できるに足る内容のメッセージを出す
必要があるのではないでしょうか。
しかし、それほど楽観できないならば、「借り手企業の淘汰・再建を抜本的に進める
上で、銀行の自己資本が毀損しすぎたら、政府はきちんと対応する」という姿勢を示
すことは極めて重要です。(ストレートな対応は「公的資本注入」ですが)
もっとも、「金融と産業の一体的再生」を推進するためには、「公的資金による資
本注入」というストレートなタマだけでなく、もっとひねったアイデアもあり得ます。
たとえば、銀行が借り手企業の淘汰・再建を抜本的に進める場合に限って、銀行の
損失の認識を(たとえば)5年間繰り延べてよい、という政策スキームを作れば、公
的資金を投入しなくても、銀行に問題解決を促す効果はあるでしょう。産業セクター
の再建が進めば、5年程度の間に借り手側の企業価値が上がるので、(銀行が「デッ
ト・エクイティ・スワップ」などの手法で、借り手の株式を入手していれば)、銀行
は5年間で企業株のキャピタルゲインを得て、繰り延べた損失を相殺することができ
るからです。これは企業再建専門の国際的弁護士リチャード・ギトリン氏が日本に対
して提唱している投資ファンドのアイデアです。
ギトリン氏のアイデアがうまく行けば、追加的な公的資金を使わずに、「金融と産
業の一体的再生」を進められる可能性が高まります。
<政府(産業所管部局)はどういう立場で不良債権処理に関わるのか>
不良債権処理(債務超過企業の淘汰と再建)を進める主体は債権者たる銀行と債務
者たる企業ですが、このとき政府が関与する根拠は、「公共財としての金融システム
を安定させる」という金融システム安定の観点と、「公的資本注入を行った株主(納
税者)の代理人として、銀行に注入した公的資本の価値を維持・拡大する」という納
税者に対する義務の二点が基本です。
誤解があるのは、産業の再生にも政府が乗り出す、という場合に、「政府には、産
業構造のあるべき姿を構想し、自ら主導して実現する責務がある」というような極め
て古色蒼然とした産業政策のイメージ(誤解)が一部の人々に持たれていることです。
もし政府に「自ら主導して産業再編を進める」責務があるとすれば、個々の債務超過
企業の処理の事案について、「政府が個々の企業の整理や再建計画を必ず成功させる」
責任を持つ、ということになってしまいます。このような責任を持つことは、どの政
府機関にとっても、手に負えない不可能事です。
現在、「金融と産業の一体的再生」を唱える柳沢大臣の構想に対して、産業を所管
する経済産業省(流通業、製造業等)と国土交通省(建設業、不動産業)の対応は、
やや消極的だと報道されていますが、仮に上記のような(本来、当事者の銀行と企業
が負うべき)責任を負わされると誤解すれば、腰が引けるのも無理はありません。こ
のような誤解が(政府内にも)あるままでは、金融と産業の再生を車の両輪として進
める、という構想は絵に描いた餅になってしまうでしょう。
政府は、銀行の個々の不良債権処理計画に対して、あくまで「公的資本を注入した
銀行の株主」の立場から(銀行の株主価値を最大化する観点から)チェックするべき
であり、借り手企業についての産業所管官庁の知見は、「あくまで株主としての判断
材料」、という認識を持つべきです。つまり、銀行・企業側が出してくる「甘々の」
不良債権処理計画を、公的資本の株主である政府が鵜呑みにしないための、チェック
材料として産業所管官庁の知見を使う、ということです。
もちろん「株主の判断材料」として使える様々な知識(業況予測、個々の企業の状
況等)や権限(公共事業の発注など)を産業所管官庁は所有しているのであり、それ
らの知識をフルに使って、銀行と借り手企業が出してくる債務処理計画が単なる時間
稼ぎにならないように、厳しく追及しなければなりません。その結果として、厳しい
不良債権処理が行われれば、産業再編が(政府主導ではなく、不良債権処理の結果と
して)実現することはいうまでもありません。
また、産業所管官庁の政策や各種の制度に産業の効率化を阻害していたものがある
ときには、それを改めることで、産業再編が進むための環境整備を行うことも必要で
しょう。
しかし、個々の不良債権処理事案の結果についての責任は、あくまで当事者の銀行
と企業が負うべきことは、はっきりさせておく必要があります。逆にいえば、個々の
案件の結果に責任を有しないのだから、産業所管官庁は、しり込みせずに、持てる情
報・知見をフルに金融庁と共有し、政府の「銀行株主としての判断」に誤りがないよ
うに積極的に連携していくべきだと考えます。
<金融と産業の再生>
議論をまとめると以下のようになります。
金融再生(銀行の不良債権処理)と産業再生(債務超過企業の淘汰と再建)は同じ
事象の表と裏に過ぎません。これを実現するためには、金融庁と産業所管官庁が連携
して、金融と産業の処理を一体的に進める、という「柳沢構想」が、もっとも本筋の
処方箋だと思われます。
しかし、「柳沢構想」を進めるためには二つの条件が必要です。
第一に、大手行に対する資本注入も含めて「必要なことはやる」という強い意思を
金融監督当局が表明すること。
第二に、個々の不良債権処理事案に対する政府の関与は、「公的資本を注入した銀
行の株主として自己利益を最大化する」という目的で行われるもの(産業再編を政府
主導で行おうとするものではない)であり、個々の事案の結果責任は一義的には当事
者(銀行と企業)が負うという認識が共有されること。その上で、産業所管官庁が知
見・権限の及ぶ限り積極的に金融監督当局と連携すること。
この二点が迅速な政策対応を実現する前提となる、と考えています。
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