村上龍、金融経済の専門家に聞く
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村上龍からの質問
Q.129
配信日:2000年10月02日
社団法人:全国地方銀行協会は、13日に、郵便貯金事業に関する意見書を発表しまし
た。
「郵便貯金はいかなる根拠に基づいて政府の定めた官民の役割分担の基本原則を無視
し、肥大化を進めようとするのか、広く国民に納得のいく説明を行う義務があると考
える」
「郵便貯金が、公社形態であれ何であれ、国営のまま更に肥大化を続ければ、国民が
現に負担している『見えざるコスト』と今後生じうる国民負担のリスクが増大し、金
融システムおよび国民経済全般に極めて重大な弊害をもたらしかねない」
全国地方銀行協会の意見書に関するご意見をお聞かせ下さい。
寄稿家: 小林慶一郎 の回答
独立行政法人 経済産業研究所研究員
 郵便貯金については、地銀協の言い分は基本的に正しいと思います。学習院大学の
奥村洋彦教授によると、預貯金などの形で金融セクターに流入してくる資金のうち6
割強が郵貯や簡易保険をはじめとする「公的金融」に吸収され、銀行・生保には4割
弱の資金しか流入してこないそうです。こういう状態で民間に「しっかり金融仲介を
やれ」というのは酷だというのが奥村教授の意見でした。しかし、郵貯に競合する地
銀が郵貯批判をすると、どうしても「自分の客を取るな」という側面が強く出て、次
のような論点がかすんでしまっているのではないでしょうか(下記も奥村教授の受け
売りに近いですが)。

<郵貯の資金運用の非効率性>
 郵貯に限りませんが、公的金融(郵貯、簡易保険、公的年金)の運用担当者は基本
的に公務員です(郵貯の自主運用が始まれば制度は少し変わりますが、それでも運用
者が大蔵省から郵政省の職員にかわるだけで、公務員であるという基本は変わりませ
ん)。公務員は、通常、1年〜2年のサイクルでポストを異動し、まったく以前のポ
ストと無関係な仕事を行います。したがって、資金運用のプロは育ちません。また、
国家公務員法に基づいて決められた給与体系では、「郵貯の運用担当の職員の給与を
運用成績に連動させて上下させる」ことは不可能で、人事考課上も、運用成績を上げ
るインセンティブはありません(資金運用担当を2年やらせたあとで配属される次の
ポストに運用成績を反映させることはできるでしょうが、週単位や月単位で成績が給
与に反映する民間の「緊張感」は期待すべくもありません)。

 結局、郵貯の資金運用は民間に比べて相当、効率の悪いものになるはずです(郵政
省の運用担当者が、業務委託した民間業者に、いいようにあしらわれて大損をだす、
ということもあるかもしれません。少なくとも委託業者の成績によって運用担当の公
務員の給与・評価が影響されることはないはずなので、委託業者の運用を厳しく
チェックしようというインセンティブは生まれないはずです)。

したがって、郵貯の資金残高が大きくなるほど、運用でより大きな損が出る可能性が
高まるわけです。郵貯が国家保証をバックにしている以上、その運用損は、税金に
よって穴埋めされることになりますから、国民にとっては、「公務員による非効率な
資金運用の穴埋め」という大きなコスト負担が必要になります。

 ちなみに、このコストは郵貯が存在する限り昔から存在してきたコストですが、高
度成長期のころは、1)郵貯の規模が大きくなかったこと、2)郵貯の資金は財政投
融資計画の中で(住宅整備など)民間でやりにくい準公共事業に使われていたので上
記のコストは公益のために不可避なものと了解されていたこと、2)日本経済が高度
成長していた時代には、運用の失敗は経済成長にともなう税収増などでカバーされて
いたこと;などの理由で、問題にならなかったのだと思います。しかし2000年の
いま、財政投融資のコストを(無条件で)公益のために不可避だと言う人は少ないで
しょう。

<民間金融機関が魅力的でないから郵貯に資金が流れる側面>
 もうひとつ、かすんでいる論点は「そもそも民間金融機関に魅力的な商品がない、
または、民間金融機関が信用できないから、預金者が郵貯に流れる」ということをど
う考えるか、ということです。上記の奥村教授の議論とは「ニワトリとタマゴ」の関
係にありますが、民間金融システムが不良債権問題などのために弱体化しているから、
資金が郵貯に流れると言う面はあると思います。地銀協の処方箋(郵貯の手足をし
ばって強制的に縮小する)というのも、資金を民間金融セクターに取り戻すひとつの
方法でしょうが、もうひとつの処方箋は、地銀など民間金融機関の体力を(不良債権
処理の加速や金融機関の再編統合などによって)強化することではないでしょうか。

<郵貯の肥大は国債バブルを強化する>
 これも奥村氏の指摘ですが、郵貯をはじめとする公的金融は、民間企業の事業資金
(リスクマネー)にならず、国債や公社債を買うなど、(民間の資金運用に比べて)
安全資産にかたよった形で運用されます。現在は、民間銀行も適当な融資先企業が見
つからないため国債を買いあさる状況ですから、郵貯の資金が増えて、それが国債で
運用されることは、すでにバブルの様相を呈している国債価格をより高い水準に押し
上げる圧力をもたらすことになります。こうして大きくなった国債バブルが弾けたら
(多くの有識者が恐れるように)ハイパーインフレと財政破綻と金融不安の複合した
激しい不況が発生する可能性もあります(私自身は劇的なカタストロフが起きる可能
性は小さいと考えていますが)。

これも国民経済にとって、郵貯肥大が潜在的に持っているコスト、と考えておく必要
があります。

 したがって、郵貯についての望ましい方向性は、民営化等の手法で郵貯を縮小する
とともに、民間金融セクターの体力強化(端的には不良債権処理の加速)を行うこと
だと思います。

 ちなみに、郵貯に限りませんが、一度作った組織や制度が肥大化するのを早い段階
で止められないのは、システムの「全体像」を設計する視点が政府にも(それを
チェックする)国民(国会)にも欠けているからではないでしょうか。金融システム
について言えば、民間銀行は大蔵省、農協は農林水産省、郵貯は郵政省、年金基金は
厚生省、といったぐあいに、政府内で責任が分散していて、統一的に「日本の金融シ
ステム全体」をデザインできる場所はあまりないようです。郵政省は郵貯が大きくな
るのが国民の利便性を高めて良いことだと思っていますから、金融システム全体をデ
ザインする視点から、郵貯の肥大化をチェックする者がいなければ、肥大化を止めら
れなかったのも仕方のないことかもしれません。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT