■単なる理想論としての議論に終わらせないために
−「ベーシックインカム」とフラットレート税制によるニューディール
「ベーシックインカム」を単なる理想論としての議論に終わらせずに、新たな社会
の契約=ニューディールとして成立させるためには、同時に負担構造の議論が不可欠
だと考えます。個人的に「ベーシックインカム」の可能性に注目しているのは、
「ベーシックインカム」がフラットレート税制との親和性が高いと考えているからで
す。
フラットレート税制とは文字通り所得総額の水準によらず一律の税率を課す制度で
す。ここでは、所得控除制度などを廃止した厳格な制度の適用を議論の前提としま
す。このフラットレート税制は、「ベーシックインカム」が社会保障制度として給付
面での理想論とされる一方で、負担構造の面での理想論の一つとして位置づけられま
す。
フラットレート税制の利点としては、(1)経済活動に対するインセンティブに中
立であること(高所得を追求する意欲を削がない)、(2)税務が簡素(年末調整や
確定申告が不要)、(3)脱税や節税など税効率化の操作を誘引しにくい(制度の遵
守という観点からは公平性が高い)、などが挙げられます。これは現行の所得税が持
つ累進課税の弊害を解消するものと考えられます。
フラットレート税制はこうした面が評価され、法人所得税や地方住民税などに採用
されています。ただし、個人所得税についてはむしろ例外で、垂直的平等(応能原
則)の観点や所得格差を緩和する主旨から、累進税制が取り入れられているといえま
す。
しかし、「ベーシックインカム」の導入による大規模な所得再分配と低所得者への
生活保障の充実が前提となれば、個人所得税に累進税制を採用する意義はほとんどな
くなります。むしろ、累進税制を廃止する一方で、フラットレート税制を個人所得税
に採用することよる経済効率性の向上によって、「ベーシックインカム」の導入に
よって懸念される低所得者層の労働意欲の低下などのマイナス要因に対抗することも
可能です。
さらに、「ベーシックインカム」とフラットレート税制を同時に導入するという政
策提案については、「ベーシックインカム」によって恩恵を受ける低所得者層とフ
ラットレート税制によって利益を受ける高所得者層の双方から支持を獲得する可能性
があります。これは従来の政策議論が、「低所得者層」対「高所得者層」の対立にな
りがちだった構図を、「低所得者層&高所得者層」対「中間所得者層」に変えます。
低所得者層は数の上では多いものの、政治行動に結びつける力がない一方で、高所得
者層、特に富裕者層は政治家などを通じた政治への影響力は強いものの、数の上では
少数派です。しかし、この両者が結びつくことで両制度の実現に向けて大きな力とな
ると考えられます。
■具体的な給付と負担のバランスについてのイメージ
課題としては、給付の水準が最低限の生活保障として十分高い水準にあると同時
に、社会全体の負担水準であるフラットレート税率が一定水準以上の高所得者層にメ
リットとなる程度には抑える必要があることです。やはり、制度の実現性を議論する
上では、給付と負担のバランスを具体的に提示することは避けて通れないと考えま
す。
そこで、最低限の生活保障として十分な水準とはどの程度の金額になるか、その目
安として現行の生活保護の給付を参考にしてみたいと思います。平成20年度の一人当
たり生活保護支給額平均は月額141,306円ですが、内訳として生活に直結する支給額
では生活扶助52,528円、住宅扶助24,360円となっています。ここでは大掴みの議論を
意図していますので、基礎年金66,000円なども参考に、月額6万円としましょう。
そうしますと、給付の総額は人口1億5千万人として108兆円程度となります。これ
を個人所得税でまかなう場合の負担水準を見るために、例えば平成17年(特に理由は
ありませんが特殊事情の少ない年度としてサンプルに選びました。)の給与所得者の
負担率に置き換えて試算してみます。所得税全体に占める給与所得時の割合が約6割
ですので、65兆円を給与所得総額約185兆円で負担する場合の負担率は約35%となり、
これが必要なフラットレート税率のおおよその水準となります。
実際の平成17年の給与所得税納税額は約9兆円、給与所得総額に対する負担率約5%
からみれば、大幅な負担増にはなります。この実際の負担率約5%にはすでに相当部分
の社会保障費用が含まれており、仮に「ベーシックインカム」の主張通り、社会保障
事業の簡素化などによる財政規模縮小の効果があるとして、新たな制度の下での所得
税負担がフラットレート税率35%に置き換えられると考えてみましょう。いずれにし
ましても、現行の所得税の上限税率が40%ですので、35%という数字はフラットレート
税率として導入が可能な上限と考えられます。
そこで、個人への年間給付額72万円を勘案しますと、現行の税負担との比較では、
給与所得300万円程度が、負担の増減の分岐点になりますので、恩恵を受ける層は給
与所得者の約4割と見積もれます。一方、家族3人の専業主婦世帯を想定しますと、給
与所得700万円以下の世帯は恩恵を受けることになります。逆に年収700万円を超える
給与所得者は15%未満ですので、ほぼ確実に負担が増える層は数の上では限られてい
ます。従って、経済合理的な判断が行われるのであれば、政治的には十分な支持が得
られる政策ということになります。
■「ベーシックインカム」とフラットレート税制が目指す社会
この所得税負担がフラットレート税率35%、これに地方住民税率10%、健康保険料率
11%(現行では被雇用者は半分を雇用者負担とする)を勘案しますと国民負担率は、
給与所得者で約5割となります。これはほぼ北欧型の社会に近い負担水準となりま
す。そこで、こうした北欧各国の事例を見習うことで、国民負担による手厚い社会保
障を前提として、企業負担を軽減し競争力を強化することで経済を活性化する余地が
生じることが分かります。具体的には、法人税や従業員の社会保険料拠出などの負担
を軽減すること、柔軟な雇用制度により雇用調整を容易にすること、などです。
また、低所得者の勤労意欲低下による弊害を懸念する向きもありますが、給与所得
300万円以下の層は、給与所得者の約4割と少なくないものの、給与総額に占める所得
割合15%と経済規模では影響は限られています。また、十分な生活保障を全国民に給
付するという前提に立つとすれば、就業率の低下などによる追加的な社会保障負担の
発生も問題となりません。実際のところ、「ベーシックインカム」を支持する考え方
が、全ての労働者が高い就労意欲を持つといった前提による性善説に立つというのは
大きな誤解です。
むしろ「ベーシックインカム」とフラットレート税制を同時に導入するという考え
方に立てば、低所得者の意欲や努力よりも、高所得者のモチベーション向上や企業の
競争力強化などを、社会の活性化の原動力として期待する考え方といえます。これを
社会制度として、「優しい」と呼ぶことも、「厳しい」と呼ぶことも可能ではあろう
かと思います。