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Q.1247
配信日:2012年01月24日
先週格付け会社のスタンダード&プアーズは、フランスを含むユーロ圏9カ国の国債格付けを引き下げました。この事態は、日本にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
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寄稿家:
土居丈朗
の回答
慶應義塾大学経済学部教授
今般の事態は、「たかが格付け、されど格付け」といった感があります。1格付会社
の格付け情報は、唯一無二の絶対的なものではありませんから、これをどこまで自ら
の行動を決める指針にするかは、それぞれ異なります。しかし、S&Pの格下げにま
つわる情報は、示唆を含む情報ですから、肯定的に重要視する経済主体(個人や企業
ないしその一部局)にとっては、S&Pの格下げが意図する方向で経済取引をするで
しょう。
私は、2007年に刊行した拙著『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社に収録
されている各国地方債制度の研究のために、欧米諸国で格付けがどのように地方債市
場で扱われているかを6〜8年前に実地に調査したことがあります。リーマンショッ
クよりも前の時期ですから、当然、今とは異なる金融情勢でした。デフォルトが想定
されていない債券(国債だけでなく、多くの欧州諸国における地方債)で、格付けに
どんな意味があるのか、というのが、私にとって本質的に問いたい質問の1つでした。
そして、前掲拙著でも明記したように、デフォルトが想定されていない債券でも、格
付けに一定の意味があることを見出しました。
我が国の地方債をめぐっては、未だに「デフォルトしない地方債で格付けに何の意味
もない」と信じて疑わない関係者がいますが、(勝手格付けしかなかった)当時はも
っともっとそうした認識が我が国で支配していました。近年、我が国の自治体でもよ
うやく依頼格付けを取得するところが出てきましたから、そうした自治体ではこの認
識は(少なくとも表向きには)なくなったといえるでしょう。しかし、市場公募債を
出していない大半の自治体では、公的に何らオーソライズされていない第三者如きに
(デフォルトするはずのない)自治体の信用力を偉そうに評価するとは何事か、と本
音では思っている自治体関係者が我が国には未だにいることは事実です。サブプライ
ムローン問題が起こり、格付会社に対する不信感が増幅し、金融当局も格付会社に対
する規制強化も検討する事態に至った時期には、なおさらそうした認識が正しいかの
ように見えたかもしれません。
しかし、皮肉といえば皮肉ですが、今や、格付会社によるソブリン格付けが金融市場
をある意味で動かしているといえます。経済学的に見て、格付会社の格付けがしかる
べき信頼できる情報と認められるのは、信頼性を担保するインセンティブが制度的に
働く金融市場の仕組みがあるからです。もちろん、それはデフォルトが想定される債
券の格付けでの仕組みに依拠していて、ソブリン格付けだけでそうした「秩序」が存
立しているわけではありません。
まず、より低利で債券を発行したい発行体は、信頼できる依頼格付けを得ることで、
投資家から低利で資金を調達できます。投資家は、依頼格付けといえども高い格付け
であるほどデフォルトする確率が低いことが裏づけられなければ、信頼できる格付け
と認めません。欧米の格付けでは1世紀を越える蓄積からそうした裏づけを確立して
きました。しかも、この格付けは、単に1つの格付会社が独善的に付しているもので
はなく、複数の格付会社が競争して付しているものなので、ある1社が他よりも顕著
に異なる格付けをすれば、それが信頼できるか否かが、投資家によって顕著に確かめ
られるというプレッシャーが働きます。もちろん、格付会社同士が結託してしまえば
元も子もありませんが、そうならないように(競争を促す)規制(自主規制も含む)
をかければ問題は緩和できます。格付会社が、しかるべき競争状態の下で、格付けを
付していると、その格付けは切磋琢磨して相互により信頼できるものになってゆきま
す。
そして、格付けが1ノッチ違うことでどれほどの金利差をつければよいかということ
も、債券市場での取引の蓄積から経験則や客観的分析による裏づけから形成されてゆ
きます。そうすることで、同じ格付けの債券は、ほぼ同じ金利水準(ないしは基準と
なる債券からのスプレッドがほぼ同じ幅)になるものとして、「基準化」されるとい
う、格付けのもう1つ別のメリットが発揮されることになります。
デフォルトが想定されない債券で金利差がどうしてつくのか、については、学術的に
もまだ解明できていない部分はあります。しかし、格付けの違いにより金利差が生じ
る現象が観察されれば、それに着目して、格付けをより信頼できるものにするインセ
ンティブが生じます。それは、モノライン保険会社(金融保証専門の保険会社)のよ
うに、格付けの差に着目したビジネスが出てきます。より高い格付けが得られる財務
状態を維持しながら、より低い格付けしかえられない債券を保証することで、保証料
収入が得られるとともに、こうした格付けを信頼できる形で維持しなければビジネス
を維持できません。ここでは、格付けの信頼性を担保することが、誘因両立的になっ
ているといえます。モノライン保険会社は、アメリカの地方債では多用されていまし
たが、今回の問のテーマである国債とは関係ない話です。ただ、そうした様々な主体
によって、格付会社の格付けが、誘因両立的に信頼性を高めうるものとなっている点
は、ここで言及しておきたいと思います。
ソブリン格付けが、「たかが格付け、されど格付け」といえるのも、デフォルトしな
い限り格付けに意味はないと思いきや、まさにそうした金融市場における格付けに対
する誘因両立性が作用しているが故に一定の意味があると考えます。
今般のフランスを含むユーロ圏9カ国の国債の格下げは、前述のモノライン保険会社
の例を参考に見れば、EFSF(欧州金融安定基金)債の格付けが最高位を維持でき
れば、格下げされた国で金利急騰に陥っても、EFSFを使って救済できる余地が維
持できる、と見ることができたでしょう(もちろん、EFSFはモノライン保険会社
とは仕組みが全く違いますが、金利差として現れる格付けの差に着目した見方という
ことです)。しかし、S&Pは、16日にEFSF債の格下げを引き下げました。E
FSF債は、フランスを始め今般格下げされた国を含むユーロ圏諸国の保証を受けて
発行されるものなので、当然と言えば当然かもしれません。これにより、高格付けで
あることによって、公的な介入なしに、より低利で起債できるEFSFの利点が損な
われてしまいました。その意味で、欧州財政危機の克服は、金利上昇を抑制できない
限り、短期的にはかなり厳しい局面を迎えると考えられます。
我が国に対する影響は、もちろん欧州財政危機の局面悪化に伴うユーロ安円高の影響
もさることながら、格付けに対する認識から、楽観視できない状況です。確かに、皮
肉にも、フランスを含むユーロ圏9カ国の格下げにより、日本の格付けは、主要国の
中では相対的に上がりました。しかし、今後、日本国債の格下げ予想もあって、どこ
まで格下げされればどうなるかについては予断を許さないものの、格下げされればさ
れるほど、日本国債の金利が上昇する確率は、高まることはあっても、低くなること
はありません。ソブリン格付けが注目されればされるほど、格付会社は(前述のよう
な誘因両立性から)より厳格に格付けを判断しようとするでしょうから、日本国債と
て安穏とはしていられません。
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