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Q.1131
配信日:2010年10月04日
アメリカにデフレへの警戒があるようです。 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-17331220100922?rpc=122 いったんデフレに陥ると、脱却するのがむずかしいという指摘もあります。デフレからの脱却は、どうしてむずかしいのでしょうか。
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寄稿家:
土居丈朗
の回答
慶應義塾大学経済学部教授
皮肉っぽい回答をすれば、中央銀行が自ら流通させている通貨の価値を自らの手で落としたくないから、と言えるかもしれません。
デフレは「止められない」のではなく、「優等生的に止めるのが難しい」ということをもっと周知させる必要があると思います。そうでないと、いつまでも、「デフレは必ず止められる」という強い主張と、「中央銀行は通貨供給量を直接制御できないから、物価水準を直接制御できない」という極端な主張とが、平行線のまま相容れないものとなり、他方の意見を聞き入れないような形で政策方針の決定がなされかねません。
デフレはしかるべき手段を講じればいつかは止められますが、デフレを止めようとして、誤った手段を用いると(一時的にでも)ハイパーインフレや悪性インフレに陥ってしまう恐れがあるので、慎重に手段を選択しなければならない、というのが穏当な理解だと考えます。別の言い方をすれば、現在のマイナス1〜2%の物価上昇率の状態から、(一度もプラス4%以上の物価上昇率にしないようにして)プラス2〜3%の物価上昇率の状態に、1〜2年間で緩やかソフトランディングさせるような金融政策は、相当高度な「政策手腕」がなければ実現が難しいでしょう。それは、単に通貨供給量の制御だけではなく、人々の期待インフレ率もそうしたソフトランディング(=前述の「優等生的に止める」)を予想させるように働きかけなければ実現できないわけです。
しかし、デフレを「優等生的に止める」のが難しいからといって、デフレをあらゆる手段を講じても絶対に止められない、と断じるのは誤りです。デフレは、一般物価水準の持続的な下落のことですが、その裏表の現象として、通貨価値の持続的な上昇が起きています。通貨価値の持続的な上昇を止めることこそ、デフレを止めることになります。ならば、通貨価値を下落させる手段を講じれば、デフレは止められます。人の世でもそうであるように、自らの価値を高めることは、一朝一夕ではできませんが、自らの価値を落とすことは一瞬のうちにでも起こりえます。一瞬のうちに自らの価値を落とすことは、人間の所作ならばさほど難しいことではありません(ただ、平常なら本能的にそうしたくないと自制するのも人間ですが)。
そこで、思考実験(もちろん、私がそうすべきだと言いたいわけではなく)ですが、人の価値と同じように、通貨価値も、一瞬のうちに落とすことは、その覚悟とそれと整合的な手段を用いさえすればさほど難しいことはありません。自らの価値を落とすことが世のためになるとなれば、価値を落とす所作の方が(価値を高めることに比べて)簡単ですから、通貨価値に関しても、通貨価値を落とす政策手段を講じれば良いでしょう。デフレ論争が経済学界(マスメディアでなく)で華やかかりし頃、コンファレンス終了後の懇親会の場で、あるアメリカの経済学者が私に「日本でデフレを止められないというなら、日銀総裁にアルゼンチン人でも起用したらどうか」(※アルゼンチンは1980年代にハイパーインフレを経験)と半ばジョークを言ったほどです。日本円に人々が思うほどの価値はない、という政策スタンスとそれと整合的な手段を用いれば、一瞬のうちにデフレは止まるでしょう(敢えて付言すると、私はそうした手段を講じるべきと言いたいわけではなく、もしそうすればこうなる、と思考実験的に論述したまでです)
ただし、デフレを「優等生的に止める」ことにはなりません。デフレが止まったと思った次の瞬間に高率のインフレが起きているでしょう。デフレも経済現象として問題の多い現象ですが、悪性インフレも問題の多い現象です。悪性インフレになることが事前にわかっていて、それでもデフレを止めるために極端な政策をとる方が良いと言うには、デフレ下での経済厚生(社会的厚生)と悪性インフレになった時の経済厚生を比較考量するといった吟味が必要です。とはいえ、1つだけ歴史的事実を付け加えれば、世界の中央銀行は、デフレを止めた経験よりもインフレを止めた経験の方が豊富で、インフレを止める手段の方が実効性のある手段を多く知っています。
デフレに陥った後に残された政策方針は、伝統的な政策手段が効果を失うなら、困難は多いがデフレを「優等生的に止める」、つまりマイナス1〜2%の物価上昇率の状態から、(一度もプラス4%以上の物価上昇率にしないようにして)プラス2〜3%の物価上昇率の状態に、1〜2年間でソフトランディングする政策に挑戦するか、一時的に高率のインフレになることを甘受してでもデフレの状態を直ちに止める政策を講じた後に、高率のインフレを収束させる政策を講じるかの、(極言すれば)どちらか究極の選択を迫られているのだと思います。前者はできれば理想的だが実現が難しい、後者はできれば避けたい状態が一時的に生じるが実行は相対的に容易、ということで、どちらかが自明に望ましいと言えないところが、悩ましい選択であり、政策選択において主張の対立が生じるところでしょう(中央銀行が自ら流通させている通貨の価値を自らの手で落としたくないという潜在的意識が強いなら、前者を選ぶでしょうが)。
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