村上龍、金融経済の専門家に聞く
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村上龍からの質問
Q.1052
配信日:2010年03月01日
わが国の巨額の財政赤字は次世代への重い負担であるとよく言われます。しかし、負担と
言われてもなかなかイメージできません。現在の巨額の財政赤字は次世代にとって、具体
的にどのような負担となり、どのような苦境が待っているのでしょうか。
寄稿家: 津田 栄 の回答
経済評論家
 08年のリーマンショック以降世界的な金融・経済危機において、世界各国は、大
規模な景気刺激策を採用したため、財政を急速に悪化させました。日本でも、景気の
底抜け回避のために大規模な財政出動を行った一方、本来景気拡大で得られるはずで
あった法人税を中心に税収が大幅に落ち込んだため、大量の国債を発行して、膨らん
でいた財政赤字は予想以上に悪化することとなりました。

 そして、民主党政権のもとでの来年度予算をみると、思うようなムダの排除ができ
ない一方、マニフェストに従い、生活者支援などの予算を組んだ結果、大幅な歳出増
となり、そのため来年度の国債発行は新規国債44.3兆円(税収37.4兆円より
も多い)、借換債102.6兆円などを含めて162.4兆円と巨額なものになり、
国の借金は、政府短期証券を含むと973兆円(長期債務残高では862兆円)に膨
れ上がる見通しとなっています。しかも、11年度は生活者支援などを強化するため
にさらなる財政悪化、借金増加が予想されます。

 それでも、家計資産1400兆円(既に下回っている可能性あり)が、そうした国
の借金を支えているために、今すぐに財政がひっ迫することはありません。これまで、
財政赤字が拡大するごとに財政破綻して危ないと言われてきて何事もなかったのは、
こうした家計資産が、景気低迷から超金融緩和政策により低利率でも低リスクの国債
に回っていたからです。しかし、家計資産が景気悪化から頭打ちにあり、しかも少子
高齢化による貯蓄率の低迷、貯蓄取り崩しの拡大から減少する恐れが高く、こうした
家計資産で国の借金を賄うという循環も、今後期待できなくなる可能性があります。

 さて、今後この巨額の財政赤字をどう解消するかについて、最悪ケースを考えてみ
ます。もし解消するために行われる政策があるとしたら、増税でしょう。それも大規
模な増税になるでしょう。なぜなら、これほどまで財政赤字が膨らむと、昔のサラ金
で苦しむように利息が利息を生むため元本が一向に減らない借金地獄にはまってしま
うからです。それを避けるためには、法人税や所得税、住民税などの引き上げ、そし
て福祉目的としてだけでなく、赤字穴埋めのために消費税の引き上げを行うことにな
りましょう。それは、過去および現役世代の経済的苦境を一時的に緩和するために景
気対策として公共事業や減税などを行って積み上げてきた財政赤字の負担を、次世代
が増税で払うことになるということです。それが一つの重い負担といえます。

 しかし、それだけではすまないでしょう。歳出の大幅な削減を行わなければならな
くなるかもしれません。そうなると、まず年金給付の減額(あるいは年金支給年齢の
大幅引き上げ)、生活保護費や失業保険の大幅カット、医療費の自己負担の増加、上
下水道料その他の手数料の引き上げ、あるいは公務員の大幅な削減と給与カットなど
により、行政サービスの負担の増加とともに行政サービスの低下も次世代が負わなけ
ればならなくなる負担といえましょう。その負担もこれまでの倍あるいはそれ以上に
なるかもしれません。

 もちろん、これらの負担は抽象的です。実際には国民の生活がどのような影響を受
けるかというと、一生懸命働いて稼いだ所得が大増税で大いに目減りして、あるいは
十分な社会保障も受けられず、その日暮らしに近い状況になるかもしれません。また、
公共事業がほとんど行われず、穴のあいた道路やボロボロになった橋や建物などがそ
のまま放置され、それを修繕するために国民自ら手弁当で行わなければならなくなる
かもしれません。つまり、低下して満足のいかない行政サービスを自らの重い負担で
受けるなど不便な生活を余儀なくされます。それは財政破綻から再建を目指してもが
き苦しむ夕張市の国家版といえるかもしれません。そして、中産階級が消え、ごく一
部の富裕層のほかに貧困が蔓延し、貧富が拡大することになりましょう。それは、極
端に言えば、新興国並みあるいはそれ以下の生活に落ちることになるかもしれません。

 しかし、こうした政策で巨額の財政赤字を解消しようとすると、マクロ的にも経済
的な負担も大きくなります。まず個人消費は大きく落ち込むことになりましょう。そ
して、モノが売れなくなれば、企業の抱える負債が膨らみ、金融機関の不良債権が増
加して、資金が市中でうまく回らなくなります。それはデフレを一層深刻化させ、生
産の停滞、消費の不振などによる景気の悪化が同時進行してデフレスパイラルに陥る
こともあるかもしれません。そうなると、企業倒産が激増し、失業者があふれること
になりましょう。

 しかもこれだけでは終わらず、政府に対する信用が失われて、円が下落し、次に来
るのが物価の高騰、金利の急騰、そしてハイパーインフレの中の大不況になる恐れも
ありえます。そうなれば資産は大幅に目減りし、原油や天然ガスなどのエネルギーも
十分に買えないために電気もつかず、海外から食料も輸入できず、あるいはモノの値
段が急騰して食べるものも買えず、病気でも病院に行けず医薬品も手に入らず、生活
の困窮はさらにひどくなります。それは、戦前の恐慌状況に近いかもしれません。

 そして、こうした混乱のなかで、大増税でも間に合わなければ、政府は、資産税の
創設、あるいは預金封鎖・デノミによる家計資産の実質的な没収がありうるかもしれ
ません。それは、実質的に国債が紙切れ同然になり、あっという間に巨額の財政赤字
の解消を図ってくるかもしれません。そうなれば、終戦直後の日本や第1次大戦後の
ドイツのように、これまで積み上げて受け継いできた資産をすべて失い、衣食住にお
ける現在の生活水準からほど遠い最貧生活に追い込まれ、それがこの巨額の財政赤字
に対する次世代が負わなければならない究極の重い負担になるかもしれません。

 最後に、経済が予想通りに変化することはありませんから、こうした最悪な状況が
起こる可能性は低いかもしれません。もちろん、悲観論だけでは問題解決が前進する
とは思っていませんが、楽観論をふりまいても解決しません。まず現実を直視すべき
です。つまり、今抱える財政赤字が巨額であること、そして少子高齢化と人口減少が
進行していて、解決する時間が少なくなってきていること、これまでの延長線上で財
政運営し、経済の回復を海外に委ねて他力本願的に財政赤字の解消を図っても解決で
きるものではないこと、あるいは給付や補助をバラまいてばかりで、経済を成長させ
る戦略を組まないと、結局国民の生活は維持できず、財政赤字は拡大するだけである
こと、そして問題を先送りせず、リーダーを先頭に自ら痛みを負っても積極的に改革
を行うという覚悟がないとこうした問題は解決できないことを認識すべきです。それ
なのに、結局悲観論から脱することができず、財政赤字問題の解決に踏み切れないの
は、今の政治にそれが足りないからではないでしょうか。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT