村上龍、金融経済の専門家に聞く
JMMでは村上龍から投げかけられる質問に金融経済のスペシャリスト達が回答をし、
メールマガジンとして配信中です。

※当ホームページでは、毎週火曜日にバックナンバーを追加掲載しています。
村上龍からの質問
Q.1052
配信日:2010年03月01日
わが国の巨額の財政赤字は次世代への重い負担であるとよく言われます。しかし、負担と
言われてもなかなかイメージできません。現在の巨額の財政赤字は次世代にとって、具体
的にどのような負担となり、どのような苦境が待っているのでしょうか。
寄稿家: 土居丈朗 の回答
慶應義塾大学経済学部教授
 巨額の財政赤字は、当然ながら、その将来の返済時に将来世代に何らかの財政負担
を強いることになります。増税か歳出削減に伴う行政サービスの質的量的低下といっ
た形がありえます。それだけでなく、財政悪化が起因となったインフレーションが起
きれば、インフレ税(政府債務の実質価値の目減りという形をとりつつも貨幣を持つ
者に貨幣の実質価値の目減りという形で負担を強いる)という形での将来世代の負担
もありえます。それでいて、財政赤字がこれだけ巨額であるが故に、負担の大きさは
並大抵のものではありません。

「負担」という意味では、単に政府債務の返済負担だけにとどまりません。ただでさ
え既に巨額の資金を政府が借り入れている状況でありながら、さらに財政赤字を続け
て、もっと多く資金を借り入れなければならなくなれば、当然ながらこれまでよりも
高い金利でしか借りられない時期がいずれ訪れます。金利上昇は、財政負担をさらに
強いるだけで終わる話ではありません。我が国の金利体系は、原則、国債金利が最も
低く、地方自治体や民間企業や消費者が借りる場合にはそれよりも高い金利でしか借
りられませんから、地方債や社債、金融機関からの借入れの金利は国債金利に連動し
て上昇します。そうなれば、利払負担増は、国のみならず、地方自治体、民間の企業
や家計にも及びます。国債金利の上昇は、納税者から国債保有者への財産権の移転だ
と(百歩譲って)割り切れたとしても、民間の企業や家計の利払負担増は、民間の企
業や家計の経済活動を鈍らせる(金利が低ければ、設備投資や住宅購入をしようとし
たが、利払負担が増えるとなるとそれらをやめる)可能性があります。

 それだけでなく、不必要に政府債務を負い、その返済のための財政負担を増税の形
で強いるならば、税負担を国民が負うだけにとどまらず、税率上昇に伴い経済活動を
鈍らせることになります。例えば、消費税が5%ならば購入したであろう品物を、税
率が20%になったら購入するのをやめる、といったことです。経済理論では、そう
した税負担に伴い経済活動を鈍らせる大きさ(超過負担とか死荷重と言います)は、
税率の大きさの2乗に比例するとされています。例えば、消費税が5%のときに経済
活動を鈍らせる大きさを(基準化して)1とすれば、20%になればその大きさは1
6(税率が4倍、その2乗)となるのです。返済のための財政負担を課さざるを得な
くなれば、税率を上げざるをえず、財政負担以外に経済活動を鈍らせるという形での
こうした負担を国民に強いることになります。

 さらには、財政悪化が起因となるインフレーションが起きれば、(これは割りと容
易に想像しやすいですが)物価上昇に賃金上昇が追いつかないなどの理由で、国民生
活に支障をきたす恐れもあります。こうしたことも、巨額の財政赤字に端を発した将
来世代にとっての負担といえます。

 このように、将来世代にとっての負担は、純粋に債務返済負担という形だけでなく、
経済活動に悪影響が波及するという形をとっても及ぶことになります。それをできる
だけなくす責任は、(私を含む)今を生きる世代にあると考えます。その責任を果た
すには、これ以上政府債務を累増させないよう、今生きる世代が増税などの財政負担
をできるだけ多く負って、将来世代にツケを残さないようにしなければなりません。

 よく、これだけの政府債務を抱えたら、真っ当な方法では返済できそうにないのだ
から、債務を棚上げにしてはどうかという案が出されることがあります。それは、学
者からも出たりします。しかし、それはとんでもない誤った認識です。なぜなら、政
府が自らの債務を棚上げしようと試みることが、債権者(ないしは債権者になろうと
する者)に知られた瞬間、政府にお金を貸そうとしたくなくなる(貸していたら返済
を求める、ないしは国債を市場で売却する)ことになり、これ以上新規で政府が借り
られなくなるからです。コンソル債を出せばよいという案もあるでしょうが、それで
も確実に利払いをする意志と根拠となる財源を見せてこそはじめてできることなので
す。

 ましてや、債務を棚上げするなどという魂胆で、コンソル債を出せるはずはありま
せん。ちなみに、コンソル債を出しても、それが市場で真っ当に値付けされれば、通
常のように発行する(有期の)国債と実質的な返済負担が同じになるようにコンソル
債の金利が決まるので、政府はトータルで見て返済負担を軽減できることなどありえ
ません。

 つまり、政府が自らの債務について返済する意志と根拠を示せない限り、既存債務
の返済負担を棚上げ(軽減)にすることはできないわけです。ということは、既存債
務の返済負担を棚上げしようとしても、自らの債務を返済する意志と根拠を示すため
には、何らかの財政負担を将来世代に負ってもらうことにしなければならないわけで
すから、返済負担を軽くすることは論理的にできないという話になります。政府の債
務は、民間企業の債務のように整理したり返済免除してもらうことはできません(よ
り厳密に言えば、そうしたとしても、その国のルール(法令)を決める政府自身がル
ールを守れないような存在だとして信認を失い、経済取引がまともに行えなくなり、
経済は大混乱となるでしょう)。

 ただでさえ、我が国では、社会保障等で受益と負担に世代間格差があります。その
上に巨額の政府債務の返済にまつわる将来世代への負担を残してしまってよいはずは
ありません。そうしないようにするためには、この巨額の政府債務の返済負担は、そ
れを作った今日生きる世代(実施したのは政治家としてもその政治家を選んだのは我
々日本国民)ができる限り多く返済負担を負う政策に早期に同意することです。今生
きる世代が、増税などの形で政府債務の返済負担をできるだけ多く負うことこそ、将
来世代への責任を果たすことになるのです。地球温暖化防止が将来に対する今生きる
世代の責任だということに深く理解を示すならば、政府債務をできるだけ増やさない
ことも同等に重要な今生きる世代の責任ということと理解すべきです。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT