村上龍、金融経済の専門家に聞く
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村上龍からの質問
Q.205
配信日:2001年04月16日
政府与党は緊急経済対策を正式決定しました。政府はこの10年間、場当たり的な対
応に終始してきたわけですが、今回の緊急経済対策はどうなのでしょうか。特に、銀
行保有株式取得機構のスキーム案について、ご意見をいただければと思います。
寄稿家: 小林慶一郎 の回答
独立行政法人 経済産業研究所研究員
今回の緊急経済対策は閣議決定されています。したがって(政局がどうなっても、)
大筋でこの対策の内容が実施される、ということを厳然たる前提として議論する必要
があります。しかし、一方で、決まったのはあくまで「大枠」であって、細部につい
てはこれからの政府・与党の議論、世論の動向によって、大いに変わり得るというこ
とが重要です。「悪魔は細部に宿る(Devils are in the details)」 という諺があ
るように、細部が今後どうなるかによって、今回の政策の意味も効果も大きく変わり
得るのです。

 したがって、ここでは、緊急経済対策の「細部」を議論するためのポイントについ
て、私見を整理したいと思います。

1.肯定的な面
 今回の対策は、これまでのようなマクロ政策ではなく、不良債権処理(金融と産業
の再生)を、最優先課題と認識しているところが特徴です。政府・与党のコンセンサ
スとして、問題の所在を正確に認識した経済対策になったと評価できるでしょう。そ
の上で、銀行の株式保有を制限すべき(銀行のバランスシートを、株価変動リスクか
ら遮断すべき)、という考え方を採用したことも大きな前進ではないでしょうか。
 不良債権処理のための政策内容も、(不良債権を処理すると銀行が決意した後で、
その処理を迅速・円滑にすることに関しては)極めて有用なツールが盛り込まれてい
ると思います。

2.残された課題(1)不良債権処理について
 しかし、多くの方が指摘されているように、第三、第四分類以外のところに分類さ
れている債権が実は不良債権だった、というリスクが極めて大きいと考えられていま
す。

 このような「隠れた不良債権」をどうやって表に出すのか(あるいはそういう「隠
れた不良債権」が存在しないのなら、それをどうやって証明するのか)ということが、
大きな課題です。

 たとえば金融庁の金融検査の強化や再度の公的資本注入ということが実施できれば、
「不良債権がまだ隠れているのではないか」という金融システムに対する疑念を払拭
することができるでしょう。
 また、隠れた不良債権への疑念が払拭されてはじめて、今回の緊急経済対策に列挙
されている(不良債権処理をやりやすくするための)政策ツールが活かされる状況に
なるのだと思われます。

(2)銀行保有株式買取機構について
 この買取機構構想については、そもそも政策意図が人によって受け取り方が違うな
ど、混乱が見られます。株価の下支えを狙った対策と考えると、その効果は短期的、
限定的と思えます。一方、対策の文章では正式には、株式買取機構は金融システム安
定化政策の一環として位置づけられています。しかし、金融システム安定化政策とし
ても、この政策には法制化するまでに詰めておくべき課題がいくつかあります。

 1)公的資金投入の合理性
 金融システム安定化の観点からは、この政策の意義は、「銀行の株式保有を制限し、
銀行システムを株式市場の価格変動から分離する」という点にあるはずです。

 そうであれば、民間共同出資の買取機構に銀行保有株を買わせて、その民間買取機
構が(株価が暴落しないように)ゆっくりと市場に株式を売却するようにすれば足り
るのではないでしょうか。

つまり、株式買取機構が損失を出した場合に税金を投入して穴埋めをしなければなら
ない、とは直ちには結論づけられないと思います。現在の案では、機構が株式売却損
を出したときの処理については「公的な支援を検討する」と書いてあります(閣議決
定文)。機構の将来の株式売却損の損失補填のために公的資金を投入する合理的理由
があるかどうか、国民的議論によって十分慎重に結論を出すべきではないでしょうか。
この点は、これからの世論の動向が極めて重要な役割を果たす部分だと思います。

 2)機構への公的資金注入の条件
 株式買取機構の真の意図は、実質的な「銀行への公的資本注入」であるという見方
もあります。この場合、金融システム安定のために、そもそも公的資金を買取機構経
由で銀行に注入することが本来の目的ですから、1)の疑問は成り立たなくなります。
しかし、その場合、公的資本注入の時と同様に、銀行が何らかの経営改善計画(不良
債権処理のいっそうの迅速化など)を約束しないとバランスがとれません。また、銀
行の経営責任問題をどうするのか、という議論を、機構を設立する前に十分検討して
おく必要があると思われます。

 3)機構は株式売却を凍結することが必要か
 また、金融システムの安定化の観点からは、「銀行が株式を保有しなくなる」こと
が重要ですから、銀行から株式を買い取った機構が、市場で他の投資家に株式を売却
することを止める必要はありません。株価が過剰に下がることを防止するためには、
秩序だった売却をすればよいのであって、売却を凍結する必要はないと思われます。

一方で、株式買取機構の最終的な損失は納税者の負担にならざるを得ない場合、納税
者の負担を減らすためにも、値上がりがまったく見込めなくなった株は、機構が早め
に売却することが納税者に対する義務だという考え方もできます。

 そうしないで値下がりする株を最後まで機構が持ち続けると、他の投資家が売り逃
げた後の尻拭いを納税者が行うことになるからです。つまり、金融システム安定の観
点からは株式売却を凍結する必要性はなく、納税者への責務として、合理的な株式売
却ならば、機構は積極的に行うべきだとも考えられます。機構が機関投資家として合
理的に判断して柔軟に株式を売却できるようなスキームを用意すべきではないでしょ
うか。特に重要なのは、株式買取機構の経営を、特定の利害からの独立性・中立性を
持つものにすることです。しがらみのない民間ファンドマネージャーに経営してもら
うような形態を考える必要があるのではないでしょうか。

 4)株式持ち合い構造解消との整合性
 企業間や銀行・企業間の、「株式持ち合い構造」を解消する動きは、「株主による
経営規律」を高めるために、長期的に進んでいくのだろうと思われます。コーポレー
トガバナンスが強化されるためには、投資家が株主として議決権行使を行うことが前
提となります。

株式買取機構も、コーポレートガバナンス強化の趨勢と整合的な政策となるためには、
まず、買取株をなるべく早く市場に放出し、市場の投資家によるコーポレートガバナ
ンスを回復させることが重要ではないでしょうか。また、株式買取機構が株を保有す
る期間については、「買い取った株式について、どのように議決権を行使してゆくか」
というルールを細かく詰めて、実際に投資家としての合理的判断に基づいて、議決権
を行使してゆかなければならないのではないでしょうか。
 ここでも、株式買取機構の経営の独立性・中立性が大きな鍵になります。

 5)モラルハザードの防止(ロス・シェアリング)
 株式買取機構が将来株を売ったときの売却損を公的資金で穴埋めする場合、最初に
株を売った銀行とのロス・シェアリングの仕組みを作っておくかどうか、という点は
重要なポイントです。現案をそのまま実行すれば「買取は時価により行う」(閣議決
定文)ことになり、将来時点で機構が株を売却したときの損については、株を売った
銀行は無関係、というスキームになる公算が大きいと考えられます。

そうなると、株式買取の際に、「特に質の悪い株を選んで機構に売りつけたい」とい
う「誘惑」が銀行に生じます。これは大きなモラルハザードの問題です。さらに、株
式買取後、その株を発行している企業が倒産するような場合にはどうなるでしょうか。
企業が倒産して債権者(銀行)に弁済がなされる一方で、株式は無価値になり、株式
買取機構は100%のロスを被ります。その損失は税金で賄われるわけですから、
「倒産した企業の債権者(銀行)を助けるために税金を投入するのか」というような、
昨年の「そごう問題」の時と類似の政治的議論が巻き起こる懸念があります。

こうした場合に備えて、株式買取機構と株を売却した銀行との間に、ある程度は
「ロス・シェアリング」の仕組みを用意しておく必要があるのではないでしょうか。
 また、逆に、株価が値上がりして利益がでた場合に、納税者にも利益が還元される
ようにプロフィット・シェアリングの仕組みも作っておかないと、株式買取機構に政
府保証を与えることはアンフェアと見なされることになるのではないでしょうか。

 最後にもう一度、今回の緊急経済対策については、「現実に実行される」というこ
とを前提にして、「それを如何にして良いものにしていくか」という観点からの広範
な議論が欠かせないと思います。

村上龍RYU'S CUBAN NIGHT